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発行部数が減、SNSでは揶揄 苦境の報道に未来あるか

根津朝彦のメディア私評  日本はジャーナリズム文化を育む社会になるだろうか。  人々の知る権利に奉仕する報道活動に社会が役割を認め、公共財として支えようとする。そうした関係性が、厚みを持った文化として存在している時、そこにはジャーナリズム文化があると言えるのだと私は思う。それは今ここにあるものというよりは、創っていくものである。読者の投稿や、記者を主人公とした映画やドラマ、日本新聞博物館(横浜市)といったミュージアムなども、この文化を育み支える営みである。  しかしデジタル化に伴ってニュースは「無料」だという認識が広まる中、紙の新聞は部数を減らし、苦戦している。デジタル版の新聞で収益をあげようとしているが、転換はまだ難しい。2月にはオーストラリア議会が、グーグルやフェイスブックなどの巨大IT企業を想定し、ネット上のニュース表示に関して報道機関へ対価を支払うよう義務づける法案を可決した。これも、ニュースは「無料」だという潮流に異議を提起したものである。  私は勤務大学で、メディアを学… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちらSource : 社会 - 朝日新聞デジタル

幻の巨大ダム計画「関東の琵琶湖」 駅も水没予定だった

 「東京都のみならず関東一円の水問題解決の本命」「何とか人間の力で琵琶湖に代わる貯水池を」……。戦前、戦後の電力業界をリードし、「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門(1875~1971)が晩年、月刊誌に寄せた文章だ。首都圏の水がめ、洪水抑制の切り札のように語られ、昨年3月に完成した八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)のことではない。松永はその8倍の貯水量のダム建設により、関西における琵琶湖のような存在の人造湖の出現を夢見た。  地理の教科書でも有名な河岸段丘がある群馬県沼田市。NHKの人気番組「ブラタモリ」でも2016年2月、タモリさんが地形好きに目覚めた場所として紹介された。この河岸段丘を湖岸に変える沼田ダム計画を、松永が率いたシンクタンク「産業計画会議」が1959年に国へ勧告した。同会議は東名、名神の両高速道路建設の推進役でもあった。  沼田ダム計画の源流は戦後間もなく。47年、カスリーン台風に襲われた利根川流域で起きた土石流や洪水で、少なくとも約1100人が犠牲になった。これを受けた国の治水計画に盛られた。松永らは、首都圏の人口急増に伴う生活用水や農業用水の需要増に応じたダム活用に焦点を当て、規模を膨らませた。  勧告をまとめた冊子「東京の水は利根川から」は、大胆な計画を記す。利根川は洪水を繰り返しているとし、「水が余っている。(沼田ダムで)東京の水不足は根本的に解決される」と必要性を訴えた。ダムには水力発電所も設けるほか、「風光のいい湖水ができれば山あり、水あり、温泉ありの大観光地となり、沼田市の発展の大きな原動力となる」とした。  総貯水量の9億トンは、現在国内最大の徳山ダム(岐阜県揖斐川町、6億6千万トン)を大きく上回る。ダム湖の面積は2700ヘクタールで芦ノ湖(神奈川県箱根町)の4倍。事業費は1629億円で、消費者物価指数などによる現在の貨幣価値で1兆円近くになった可能性もある。国内最高額とされるのは八ツ場ダムの5320億円だ。  住民らは猛烈な反対運動を起こし、市や県も容認しなかった。当時の国鉄沼田駅などを含む2千戸以上の人家が水没する見通しが示され、あまりに犠牲が大きかったからだ。  松永が亡くなった翌72年、田中角栄内閣は沼田ダムの計画中止を決めた。当時は成田空港の建設や東京湾埋め立ての反対運動も盛り上がっていた。沼田ダムの歴史に詳しい沼田市歴史資料館の高山正館長(63)は「沼田ダムに政治的エネルギーを使うことが得策ではないと判断したのだろう」とみる。  計画中止から間もなく50年。高山さんによると、ダム建設の水没予定地を通る国鉄上越線の付け替えルートをなぞるように関越道が整備され、「新沼田駅」予定地近くに沼田インターチェンジ(IC)が建設された。沼田ダム予定地を迂回(うかい)するような前橋IC―湯沢IC間は85年開通だが、高山さんは「計画当時は沼田ダム構想が消えておらず、ダムを避ける必要があった」と説明する。沼田駅周辺の街路が細く複雑に入り組むのも、ダム計画による整備の遅れだという。「ダムの計画で地元地域が翻弄(ほんろう)されるのは常。幻となった今も尾を引いている」(森岡航平)      ◇ 〈沼田市歴史資料館〉沼田ダム計画を常設展示で解説している。資料館は午前9時半~午後5時(入館は午後4時半まで)、祝日を除く水曜と、祝日の翌日、年末年始は休館。一般220円、中学生以下無料。問い合わせは資料館(0278・23・7565)。 Source : 社会 - 朝日新聞デジタル

住宅火災、6棟まで燃え広がり1人死亡 大阪・住之江

 19日午後11時半ごろ、大阪市住之江区中加賀屋3丁目の木造2階建ての松本宰児さん(61)宅付近から出火、近隣の民家などにも燃え広がった。火は約1時間後にほぼ消し止められたが、松本さん宅から性別不明の遺体が見つかった。大阪府警によると独り暮らしの松本さんと連絡がとれなくなっているといい、府警は亡くなったのは松本さんとみて遺体の身元確認を進めている。  住之江署によると、当時、周辺をパトロール中だった警察官が松本さん宅付近から煙や炎が上がっているのを見つけた。消防車40台が出動したが、大阪市消防局によると、周りの民家や空き家、マンションの一部など計6棟約150平方メートルが焼けた。府警が出火原因を調べている。 Source : 社会 - 朝日新聞デジタル

埼玉県、主要駅などでPCR検査 第1弾は20日から

 埼玉県は19日、新型コロナウイルス対策本部会議を開き、緊急事態宣言が解除された後の22日以降の取り組みを決めた。「段階的緩和措置」と位置づけ、月内まで、県内全域の飲食店などの営業時間は「午後9時まで」とする緩和要請を決定。また、感染再拡大の兆候を早期につかむため、県内の主要駅・繁華街などでPCR検査を行い、感染状況をモニタリングする。  モニタリング第1弾は20~22日、主要駅の自由通路を訪れた人を対象に「スポット型検査」を実施。3日間で600個程度の検査キットを配り、検体を送り返してもらう。4月以降、毎月第3土曜日から3日間行う。順次、実施場所を増やすという。  県によると、18日時点、県内の1週間の人口10万人あたりの新規感染者数は11・3人で、前週の10・3人より増加。感染者1人が何人に感染させているかを示す実効再生産数は1・067で、感染再拡大が懸念されている。こうしたモニタリングを国と連携して行うことで感染拡大の兆しを把握し、対策に役立てていくという。  県内の事業所や工場の従業員らを対象にした「団体型検査」も併せて行い、1日計1千件程度の検査数を目指すという。また、県民には改めて「不要不急の外出自粛」や飲食を伴う花見、歓送迎会を控えるよう求めた。  大野元裕知事は会議後の記者会… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちらSource : 社会 - 朝日新聞デジタル

中学教諭、保護者から50万円受領 恐喝容疑で捜査も

 生徒が投げた石が額にあたってケガをしたとして、宮崎市立中学校の50代男性教諭が生徒の保護者から示談金50万円を受け取っていたことが19日、市教委への取材でわかった。  市教委によると、昨年8月25日、授業中に生徒が投げた「小指の先ほどの大きさ」の石が男性教諭の額にあたった。病院で「打撲」と診断された。男性教諭は学校を介さずに生徒の保護者と示談を進め、8月27日に成立。男性教諭の口座に50万円が振り込まれた。  市教委は同日、学校を通じて示談成立を知り、「学校で起こったことでお金のやり取りをするのは教育現場としてふさわしくない」と男性教諭に返金するよう指導。男性教諭は返金しようと保護者に掛け合ったが、受け取ってもらえなかったという。  この事案を巡り男性教諭は今月17日、保護者を脅して50万円を受け取った恐喝の疑いで書類送検された。昨年11月に保護者が県警に相談し、任意で捜査が進められていた。市教委の聞き取りに対し、男性教諭は50万円を受け取ったことを認めながらも、「恐喝はしていない」と話しているという。  西田幸一郎教育長は「子ども、保護者、地域の皆様の信頼を著しく損なう事態であり、誠に遺憾」とコメントを発表した。(高橋健人) Source : 社会 - 朝日新聞デジタル

震災10年は「通過点」 人も社会も傷、鎮魂の道は

客員論説委員・神里達博  東日本大震災から10年が経った。今月は、関連するテレビ番組や特集記事が多数、企画された。私もできるだけ見て、また読んでみた。あまりにたくさんのことを考えさせられてしまい、結論めいたものも、まとまった言葉も、出てこない。  そこで今回は、その中で何度か見聞きし、心に残った、ある一つのフレーズについて考えてみたい。それは、「10年目は、節目でも区切りでもなく、単なる通過点である」という語り方である。  まず、その意味を素直に受け取るならば、「結局のところ、問題はまだ何も解決していない」と、関係者が訴えているということだろう。  実際、過疎化や高齢化の問題は震災以前から被災地に広く存在していた。そしてこの10年、多くの地域でさらに深刻化している。繰り返し指摘されている通り、その姿はまさに日本全体の未来を暗示するものだ。 〈かみさと・たつひろ〉1967年生まれ。千葉大学大学院教授。本社客員論説委員。専門は科学史、科学技術社会論。著書に「リスクの正体」など  より顕著なのは、度重なる作業工程の延期により廃炉のめどが立たない、東京電力福島第一原子力発電所であろう。この問題は、そもそも時間的なスケール感が「非常識」過ぎて、どう受け止めるべきか、分からなくなることがある。にもかかわらず、いやだからこそ、この社会は結局のところ、事故が起きたという事実そのものを認めたくない、直視したくないのかもしれない。  とにかく、本当はまだ、何も解決していないのである。 プライベートな時間、「10年」で切り取る暴力性  しかし私はもう一つ、少し角度の異なる「異議申し立て」が、この言葉に込められているとも感じている。それは、取材される側から提示された、取材するメディアへの違和感、もっといえば不快感である。  メディアは一般に、過去の事件については「暦」をトリガー(引き金)にして集中的に報じるものだ。だから来月になれば、また「別の話」を語り始めるだろう。誰もがそのことを知っている。このコラムも例外ではない。  また震災によって「抱えることになったもの」は、当然ながら、一人一人異なる。重くても、他人から理解されやすい事情もあるだろうし、逆に外からは分かりにくい苦悩もある。本人すら気づいていない「何か」が隠れていることもある。  従って本来はまず、「被災者」というくくり方自体を問い直さなければならないはずだ。そんな人は、どこにもいない。一人一人に固有の名前と顔があり、別々の人生を歩んできて、これからもそうなのだ。  そのような非常にプライベートな時間を、「10年」で切り取ること自体が、ある種、暴力性をはらんでいるといわねばならないのである。  それでも、このような齟齬(そご)を解消するのは簡単ではないだろう。その根本的な原因は、報道内容の客観性の確保と、取材される側の主体性の尊重という、両立の難しい価値の緊張にこそ、あるからだ。…

船は木の葉のように回った 津波で「沖出し」漁師の決断

 「沖出し」とは、津波が発生した時に、船を沖合に避難させる漁師特有の言葉だ。転覆の可能性もある危険と背中合わせの行為だが、漁師は船を失えば明日からの生活もままならない。  東日本大震災の時に沖出しをした一人が、北海道豊頃町にある大津漁港の漁師、中村吉一(よしかず)さん(70)だ。 拡大する海辺の作業小屋で「沖出し」の経験を話す中村吉一さん=北海道豊頃町  2011年3月11日午後2時46分。地震発生時に、中村さんは帯広市内にいた。長く続く大きい揺れ。真っ先に頭をよぎったのは所有する末広丸のことだった。7・2トンの漁船を大津漁港に係留していたからだ。  急いで車で港に向かった。1時間半ほどで岸壁に着くと、船の前で当時24歳だった長男の真明さんが待っていた。  すでに30分ほど前に、津波の… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちらSource : 社会 - 朝日新聞デジタル

気象庁が認めた「実力不足」 線状降水帯の予測に高い壁

 60人以上が犠牲になった昨年7月の熊本豪雨など、各地で豪雨災害を引き起こす「線状降水帯」。だが、高頻度で発生しているにもかかわらず、予測はほとんどできていない。なぜ予測は難しいのか、どんな解決策があるのか。 発生は年に数百回、危険な数例が台風以上に  昨年7月3~4日、熊本県南部に東西約280キロにわたって積乱雲が次から次へと発生し、24時間で約500ミリという激しい豪雨をもたらした。積乱雲が連なった線状降水帯は、約13時間にわたって上空に停滞。球磨(くま)川が氾濫(はんらん)し、特別養護老人ホームの入所者ら60人以上が県内で犠牲になった。  この線状降水帯は近年で最大規模だった。気象衛星ひまわり8号からも、発達した積乱雲が、梅雨前線周辺の雲を突き抜け、泡のように列をなす上空の様子がくっきりと撮影された。  だが、これほど発達したにもかかわらず、気象庁は半日前の予報でも線状降水帯発生の危険性を広く伝えることができなかった。気象庁の関田康雄長官(当時)は後日、「我々の実力不足だった」と認めた。  研究者は、発生を事前に予測することは「極めて難しい」と口をそろえる。なぜか。  線状降水帯は、古くて新しい気… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちらSource : 社会 - 朝日新聞デジタル

豪雨もたらす線状降水帯を予測 気象庁、今夏から発表へ

 昨夏の熊本豪雨など、積乱雲が次々と発生して激しい水害をもたらす線状降水帯について、気象庁が今夏から、九州など一部地域で発生の予測を始める。豪雨の危険性が高まった場合には事前に発表する方針で、危険性を少しでも早く伝えて避難時間の確保につなげたい考えだ。この予測のため、観測船を東シナ海に今年の梅雨時期から派遣して観測態勢を拡充する。  線状降水帯は、水蒸気を大量に含んだ空気によって数十~数百キロに及ぶ積乱雲の列が発生し、風の通り道となった地域に積乱雲がかかり続けて激しい雨が降る現象。気象庁はレーダーなどで降水量を監視しており、線状降水帯の発生が確認できれば、新年度から発生情報を発表することを決めている。  ただこの発表は予測ではないため、発表時点ですでに大雨になっている。すでに河川の氾濫(はんらん)や土砂災害が差し迫っている可能性も高く、避難での有効性は限定的とみられていた。  一方、線状降水帯の発生予測は難しく、昨夏の熊本豪雨でも半日前に予測できた3時間雨量は最大128ミリで、実際の約330ミリとは大きく違った。これは、予測に欠かせない風上の水蒸気量のデータがほとんどないためだ。特に九州は、風上が東シナ海など海上のことが多く、観測が手薄になっていた。  そこで、気象庁と気象研究所は昨夏、観測船「凌風丸」を鹿児島県の西約400キロの東シナ海上に派遣。熊本豪雨が発生した際にも水蒸気量などを試験観測した。予測には使えなかったが、帰港後にスーパーコンピューターで再計算したところ、3時間雨量の予報は202ミリとなり、実際の雨量に近くなった。豪雨が予測された地域も、当時の予測はかなり東だったのが、熊本県南部に近づいた。  気象庁は海上観測が有効だと判断。今年の梅雨の時期以降、線状降水帯が多発する九州で先行的に予測することを目指し、観測船2船を東シナ海などに長期間派遣することを決めた。2月に立ち上げた線状降水帯予測の専門家会議で船の派遣地点を議論している。観測データはリアルタイムに伝送し、予測に生かす。  やはり線状降水帯が多発した2… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちらSource : 社会 - 朝日新聞デジタル

希望の種がつないだ夢 再生への道歩む高田松原

10年がたった復興への歩み。東日本大震災の被災地を写真で伝えます。 拡大する成長する松と「高田松原を守る会」理事長の鈴木善久さん=2021年1月30日、岩手県陸前高田市、関田航撮影  東日本大震災で「奇跡の一本松」を残して壊滅状態となった岩手県陸前高田市の高田松原。2017年に始まった植樹が今春、終了する。約4万本が松原の再生へ向けて育っている。  そのうち約1万本の世話をするのが「高田松原を守る会」。理事長の鈴木善久さん(76)は「再生した高田松原で、子どもたちに思い出をいっぱいつくってほしい」と話す。 拡大する昨年末の高田松原の様子。ボランティアや「高田松原を守る会」の役員らが松原の世話をしていた=2020年12月13日、岩手県陸前高田市、関田航撮影  新しい松原の中には、かつての松原由来の苗も約600本ある。津波に襲われる前、近くの住民がクリスマスの飾りにしようと拾った松ぼっくりが残っていて、震災後、それからとった種が守る会に寄せられた。育て始めたのが早いため、背が高く、鈴木さんの身長をはるかに超えるまでになった。  06年にできた「高田松原を守る会」。津波によって守るべき松原は流され、当時の会長も犠牲になった。鈴木さんによると、守る会は解散の危機を迎えたが、種が贈られたことが希望となり、存続することになったという。  「この松たちが震災前のような立派な松林になるのを何とか見届けてえんだ」と鈴木さん。だが、それまでには約50年かかるという。「そこまで生きるのは無理だ。だから千の風になって、空から見に来るんだ」と目を細めた。(関田航) Source : 社会 - 朝日新聞デジタル