「ワクチンは殺人兵器」 大物県議がのめりこんだ陰謀論

 コロナ禍に不安が高まり、デマや陰謀論が広がる。信じたいものだけを信じる姿勢を、SNS空間が助長する。「虚」が広がって「実」がかすんでいく姿を、現場を歩いて報告する。

 小さな牧場の脇にあるログハウス風の事務所で、男性は記者に話し始めた。

 「コロナのワクチンにはマイクロチップが入っていて、5G電波で操られる。打てば5年で死ぬ」「菅も麻生も逮捕された。今、表に出ているのはゴムマスクやクローンだ」

 福井県の斉藤新緑(しんりょく)県議(64)。町議から数えて議員生活は30年。県議会議長も務め、今は自民党県連のナンバー2、会長代行だ。

 議会報告の冊子「ほっとらいん」を2月、地元の坂井市で約1万6千部配った。「ワクチンは殺人兵器」「バイデンはこの世にいない」「9・11のテロはCG」と記した。

 その内容は米国で1月、議場襲撃事件に関与したとされる陰謀論集団「Qアノン」の主張と似通う。トランプ政権下で分断が広がる中、「政財界や主要メディアは影の政府に支配されている」などの思想が広がった。いずれも根拠はない。

 「ほっとらいん」の内容を複数の大手メディアが報じた。批判が殺到したのではないかと記者は尋ねた。

拡大する県議は主張を記した冊子を配った(コラージュ)

 「励まし、絶賛ばかりだよ。全国から」。スマホを出し、自身のフェイスブックを示した。「すばらしかったです、拡散しました」「待ちに待った暴露だ」。コメントが並んでいた。「議員生活で一番の反響だ。党からも何のおとがめもない」と笑った。

 情報源は「日に1冊は読む」という本や、ネットだという。事務所には天井まで届く本棚がある。小説にノンフィクション、雑誌など雑多だ。陰謀論を論じる著者の本も読むという。

 ユーチューバーの石川新一郎・元埼玉県富士見市議(67)は3月、「斉藤さんは光の戦士」と称賛する内容を配信した。

 富士見市議を3期務め、2009年に落選。その後は国政や地方議会に挑んだが届かなかった。19年7月にチャンネルを開設。当初の登録者は数百人だったが、昨秋に他のサイトの受け売りで「米大統領選で偽の投票用紙が出回っている」と流すと、登録者は一気に増えた。連日似た内容を流し、10万人を超えた。

 「市議時代よりも活動は充実している。10万回再生されれば約4万円の収入にもなる」

 福井県議会自民党会派の仲倉典克会長(53)は、斉藤県議を「口頭で注意した」と言う。県連関係者の1人は「自分から辞めて欲しいとみんな思っているのでは」と声を潜める。

 斉藤県議を30年応援してきた坂井市の男性(72)は「勉強熱心な、地元に尽くす政治家だった。越前ガニや甘エビのブランド化など、彼の貢献を知っている。どうしてこうなってしまったのか」と嘆く。

 古参の支援者の70代男性は「ほっとらいん」について、斉藤県議に「これはまずい」と忠告したが、怒鳴られた。逆に、石川元市議らが斉藤県議を称賛する動画やメッセージを見せられた。「ネットばかり。古くからの友達のはずなのに私たちの声は全然届かない」

 斉藤県議は言う。「私が伝えることが真実だ。もうすぐみんなわかる」

 陰謀論に共感する人は日本の各地にいる。当事者や家族に会った。

写真が趣味だった夫…「コロナは人口削減計画の一環」

 東京都内に住む女性(53)は2月、22年連れ添った50代の夫と離婚した。

不安が渦巻くコロナ下の社会。閑職に移った夫、近くに住む母、身近にいる人が突然、陰謀論を語り始めたら…。映画監督をしている妻を陰謀論から引き戻そうとする夫が、思わず口にした言葉とは。記事後半では、陰謀論にのめり込んだ本人や家族が、当時の状況や思いを語ります。

 夫は大手メーカー勤務だが…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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