「井戸に毒」投稿者に2度問うた 虐殺の現場訪ねた記者

 目の前の電線が、左右に大きく揺れていた。

 2月13日午後11時すぎ、東京都内の住宅街。下水道工事の現場で作業していた男性(34)は休憩中、福島県沖を震源とする最大震度6強の地震に気付いた。缶コーヒーを片手に、右手のスマホツイッターを開き、指を滑らせた。

 「BLMが井戸に毒を投げ込んでる!!!!!」

 システムエンジニアの20代男性は、横浜市の友人宅でゲーム中に揺れを感じた。スマホを見るとこのツイートがあった。黒人差別反対を示すBLMブラック・ライブズ・マター)から変え、自分も投稿した。

 「バイデンが福島の井戸に毒を投げ込んでるのを友達が見ました!」

 最初のツイートから2分後だった。

 「井戸に毒」という投稿は、翌日までに少なくとも約3万件になった。

 国の中央防災会議によると、1923年の関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とのデマが流れた。関東で自警団や軍隊などが暴走し、多くの朝鮮人らが虐殺された。

 100年の時を超えて再び氾濫(はんらん)する「井戸に毒」の言葉。投稿者たちに会った。

「パロディーで、何かネタにしてやろう」

 東京23区内のファミレスに現れたのは、パーカにジーンズ姿の男性だった。34歳。下水道工事の仕事終わりだという。ウーロン茶を飲みながら話し始めた。

 「『井戸に毒』のパロディーで、何かネタにしてやろうと思ったんです」

 記者は「BLMが井戸に毒」のツイートを見て、直接メッセージを送り、面会を依頼していた。

 男性は、東日本大震災後にも「井戸に毒」というツイートが拡散したことを知っていた。まねをしようと思い立った。

 男性は「BLMは反トランプ。トランプ元米大統領支持者はこんなデタラメでも信じるのか、というからかいだった」と言った。

 小学4年のときテレビゲームにはまって不登校になった。中学では一度も教室に入らなかった。歴史や戦争など興味がある分野を、ネットや本で調べた。関東大震災と朝鮮人虐殺のことも知ったという。

普段とは桁違いの返信

 工事現場の作業で生計を立てる。6畳2間の築38年のマンションで、妻と猫と暮らす。ゲームをしながらツイートする。投稿が100件近くになる日も。何か起きた時は、深く考えずに素早く投稿する。「反応があるとうれしい」と言う。

 「井戸に毒」の投稿には普段とは桁違いの50件近い返信があった。差別だと指摘する批判的な内容がほとんどだった。「皮肉を理解できない人が多い」

 34歳の男性に続き「バイデンが福島の井戸に毒」と投稿したのは、京都大学出身のシステムエンジニアの20代男性だった。ボタンダウンシャツの男性と、京都市内の喫茶店で会った。

 中学生の時にツイッターを始めた。今は自宅でゲームや映画の合間に投稿する。1日で10時間続くこともあった。ツイッターを「体の一部」と言う。

 あの投稿をした後、ネット上で知り合った友人たちから責められた。見知らぬ人物から脅迫めいたメッセージも届いた。怖くなり、アカウントに閲覧制限をかけた。

ツイッター社、投稿は「規約違反」

 関東大震災後のデマと虐殺を知っていますか。そう問うと、男性は「当時の日本人は愚かだった」と言った。「今この言葉を使うことと、虐殺の歴史は別の話。情報の真偽を判断する責任は受け手にある」

 福島県沖地震直後の「井戸に毒」などの投稿約20件を、元都庁職員の女性(46)はツイッター社に通報した。「デマはだめだと主張しなければ、それらにくみしていることになる」

 ジャーナリストの津田大介さん(47)も同じ頃、約30件のデマを取り上げてネット上で通報を呼びかけた。「デマや差別は事実上野放しになっている。ネット空間と現実社会が密接している今、放置し続けると現実の犯罪につながる恐れがある」

 朝日新聞の分析では、福島県沖地震から4月下旬までの「井戸に毒」を含む投稿は、批判する趣旨でリツイートされたものも含め6万6千件にのぼった。それ以外に投稿後に削除されたものがある。

 ツイッター社には差別や憎悪表現を禁ずる規約がある。利用者からの通報を元に違反の有無を判断し、投稿の削除などを求めるという。担当者は「井戸に毒」の投稿は規約に反しているとし、「把握分は何らかの対処をしたが、こうした表現は次から次へと出てくるのが実情だ」と明かした。

「村人が総出で殺してしまった」

 大阪府に住む在日コリアン3世、文公輝(ムンゴンフィ)さん(52)はツイートを見て「心臓に突き刺さるような恐ろしさ」を感じたという。

 「私たちは常に、社会が混乱すれば殺されるかもしれないという恐怖を抱えている。『井戸に毒』はトラウマだ」

拡大する庭の井戸(後方)からくんだ水を生活に使っている高橋隆亮さん。祖父が結成した自警団は「夜警」に出かける前、この井戸の前で日本刀を研いだという=2021年4月23日、さいたま市見沼区、相場郁朗撮影

 さいたま市に住む同じ在日コリアン3世の金村詩恩さん(29)も、地震発生直後に投稿を見た。デマは東日本大震災をはじめ、災害のたびに繰り返される。ショックを受け、ツイッター社に通報した。

   ◇

 記者は3月下旬、さいたま市の郊外を訪れた。旧片柳村の染谷地区(現・さいたま市見沼区染谷)。金村さんは、祖母の家がある染谷に地震翌日に来ていた。

 「朝鮮人姜大興(カンデフン)墓」

 田畑が広がる中に、1人の朝鮮人の墓がある。

 墓の近くに井戸はあった。地区では今も井戸水が生活に使われている。口に含むと柔らかい味がした。

拡大する当時の内閣総理大臣、山本権兵衛名の文書。朝鮮人を見かけたら警察や軍隊に報告するように求めた。「不逞鮮人」「鮮人」といった蔑称が使われている=3月25日、さいたま市

 近くに住む高橋隆亮(たかすけ)さん(77)に会った。えんじ色の古びた手帳を見せてくれた。

 「各人棍棒(こんぼう) 日本刀 槍(やり) 短銃 鳥打銃等ヲ持参シ集マル……」

 祖父で、関東大震災当時に染谷区長だった吉三郎さんの字だ。デマが流れ、指示がなくても自警団が武装する様子が記されていた。

 旧大宮市史によると、1923年9月4日午前2~3時ごろ、姜大興さんは自警団に日本刀や槍で襲われ、その後死亡した。24歳だったという。

 「村人が総出で殺してしまった」。隆亮さんは父の武男さんから事件のことを聞いた。

 関東大震災の翌日、埼玉県は「朝鮮人が暴動を起こしている」という趣旨の通知を各役所に出した。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが流れた。

 吉三郎さんは村の若い男性らを集めて自警団を作った。「朝鮮人の襲撃」への備えだった。

拡大する片柳村染谷区長だった高橋吉三郎さんが残した日記。姜大興さんの遺体を見て、「傷 大ナルガ三 四カ所 大小二十何カ所モアリシ」とつづった=3月25日、さいたま市、安井健悟撮影

 震災2日後、自警団は初の「夜警」に出た。鉢合わせしたのが姜さんだった。

 武男さんは当時、旧制中学の4年生だった。家のサツマイモ畑に逃げ込んだ姜さんが、つるに足を取られて転ぶのを見た。そこに、若者たちは襲いかかった。

 吉三郎さんの手帳には、傷は20カ所以上に及んだとあった。

 村でその後、事件は語られなかった。

拡大する高橋隆亮さん宅の井戸。今も生活に使う。関東大震災直後、祖父が結成した自警団はここで日本刀を研いだという=2021年4月23日、さいたま市見沼区、相場郁朗撮影

 武男さんは盆や彼岸の墓参りのたびに、姜さんの墓に線香をあげるよう隆亮さんに語りかけた。その墓は高橋家の墓の近くにある。

 姜さんの墓は当時の村人が建てた。今は少し欠け、コケが生えている。

 隆亮さんは毎年、追悼行事を続けている。災害のたびにデマが飛び交う現代。「根も葉もないことを言ってそそのかす行為は、大きな間違いにつながる」

 記者は3月下旬、「BLMが井戸に毒」と投稿した東京の男性に再び会った。

 姜さんの墓を訪れたと伝えた。1時間ほど話し、尋ねた。「いま『井戸に毒』をどう思っていますか」

 こちらを見た。手を握りしめた。「その表現も、朝鮮人差別も、今や深刻じゃない。ツイッター社からの指摘もない。自分の表現が間違っているとは思わないし、改めるつもりもない」

 男性が発した「井戸に毒」の言葉は、その後もツイッター上に残っている。

 ◇この連載は安井健悟、矢島大輔、宮野拓也、土井良典、寺尾佳恵、杉浦幹治が担当しました

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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