「私はあきらめない」消えぬ先入観 障害者作り出す社会



 平成から令和へ移り、初の参議院選挙が21日に投開票される。今、一票に何を託すのか。様々な課題の現場を記者たちが訪ねました。

 生まれつき脊髄(せきずい)性筋萎縮症の海老原宏美さん(42)は、投票を欠かしたことがない。7月、自宅での取材のため待ち合わせたときも、開口一番にこう言った。「これから期日前投票に行って、カレーを作るための買い出しをして、そのあと家に帰ります。いいですか?」。荒天などで投票日に行けない可能性を考えて、確実にできるときに投票するのだという。

【動画】脊髄性筋萎縮症という難病を患う海老原宏美さんが望む政治とは?=川村直子撮影

 脊髄性筋萎縮症は、徐々に筋力が衰える進行性の難病だ。海老原さんは人工呼吸器を使い、食事は経口摂取と胃ろうを併用。車いすで全介助の生活を送りながら、NPO「自立生活センター東大和」で理事長を務め、障害者の生活相談や勉強会などを行っている。

 川崎市で生まれ、市内の普通学校に通った。修学旅行では登山に向かう同級生を母と2人、数時間ふもとで待った。参加を認められない行事はあったが、地域に同世代の友だちがたくさんできた。友だちは自然に車いすを押してくれるようになった。皆が少しずつ、できることをできる時に手を貸し合うようになった。

 大学を卒業後、東京都東大和市でセンターの立ち上げ当初から関わって18年。ほぼ同時に同市で一人暮らしを始めたが、障害者に対する偏見や間違った先入観はなかなか消えない、と感じている。介助者のサポートを受けて日常生活を送る中で、健常者は車いすの自分より介助者に話しかけることが多い。混雑した店に入るのを断られる。人工呼吸器をつけたままストローで日本酒を飲むと驚かれる……。

 「小さな頃から障害者に接していないから、大人になって初めて出会って、どう対応していいか分からないんだと思う。障害のある子はたいてい、特別支援学校をすすめられてしまうから」

 日本を含む世界177の国と地域が締結している障害者権利条約(日本は2014年に締結)は、障害の「社会モデル」という考え方に立脚している。障害は障害者個人ではなく、社会がつくりだしている、という考え方だ。「社会モデル」では、例えば車いすで建物内を移動したいが利用しづらいとき、その原因は車いす利用者ではなく、段差があってスロープがないなどの社会的障壁にあると捉える。条約の締結に関連して、障害者基本法の改正や障害者差別解消法の施行など、国内法令の整備も進んだ。「私たちが地域の学校に通うのは当然のこと。法で認められているし、条約にもある。障害に基づく区別は差別です」。だが教育現場の対応は追いついていない。障害のある子を持つ親の多くは、地域の学校に通う選択肢を知らない、と海老原さんは言う。「大丈夫、行けるよ。自分で靴を履けなくても、トイレに行けなくても」。自身の経験を踏まえて保護者らに話し、背中を押すのも、活動の一つになっている。

 「思いやりを持ちましょう、ってよく言うじゃないですか。頑張っているから助けてあげよう、みたいな。そんなのいらない。私たちに必要なのは人権。心の問題じゃないんです」。誰であれ常に尊重されるべき人権を、感情や心のありようと結びつけるのはやめてほしい。「結局、障害者というのは意思がなく保護だけしておけばよい、って勘違いしているみたい」

 自宅でのカレーづくりで、海老原さんは介助者に細かく指示を出していく。「ニンニクは3個」「弱火で鍋のふた閉めといて」「ガラムマサラ、ティースプーンにがっつり4杯」。手を動かしたのは介助者だが、味をつくったのは海老原さんだ。共同作業でおいしいカレーが出来上がる。

 海老原さんは、あなたのヘルパーは税金で雇えている、税金をかけて生かしてやっているんだ、と言われることがあるという。そんなときは、こう伝える。「地域で生活することで、介助者の雇用につながっています。特殊な車いすや医療を必要としていることが、技術の進歩や薬の開発に貢献しているんです」

 マイノリティーの存在を大切にしてほしい。少数の立場や意見を知り、皆が互いに歩み寄って妥協案を探る。そんな政治がなされれば、多様性を尊重する価値観が社会に広がっていくのでは、と海老原さんは考えている。「なかなか変わらないけど、言い続けるのはすごく大事。私はあきらめない。投票は意思の表明です」

     ◇

 海老原さんは6月、子ども向けの本「わたしが障害者じゃなくなる日」(旬報社)を出版した。大人も一緒に読んで、障害に対する理解を深められる内容だ。小学校で講演した際の子どもたちとのやりとりのようすも収められている。問い合わせは旬報社(03・5579・8973)へ。(江口和貴、川村直子)



Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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