「自分の命、守れますか?」津波の警鐘を鳴らす地元住民

 能登半島地震で津波被害があった石川県能登町で、地震前から津波の怖さを伝え続けている住民がいる。

 巨大なスルメイカのモニュメント「イカキング」が目を引く観光施設「イカの駅つくモール」の近くで、川端邦彦さん(58)はヘルメットをかぶり、反射板つきの蛍光色の上着姿で訪れた人に話しかける。「自分の命、守れますか?」

 崩れた護岸に立ち入り注意の柵を設置しにきた人、インフラ整備の自治体職員や警官に対しても声をかける。突然、津波が来た時の避難経路を確認してから作業して欲しいと訴えている。

 川端さんは、隣の珠洲市で生まれ、その後は関東で育った。7、8年前に父親の介護のため奥能登に戻り、自分が10代目となる実家がある同町で初めて暮らし始めた。目の前に広がる九十九湾はリアス式海岸。東日本大震災での東北の被害が重なり、津波の危険性について考えるようになった。昨年5月には震度6強の地震が襲った。幸い津波はなかったものの、その後も観光客らに注意の言葉をかけ続けた。

 観光施設ができた場所はかつて塩田だったところで、もともと川端家の土地だったという。津波対策について役場に掛け合ったが、反応は鈍く感じた。施設からの避難経路にもなる階段は草が生い茂り、通ることができないままだ。「多くの観光客が来ているときに津波が起こったらどうなっていたか」と不安を隠さない。

 発災の1月1日は、大きな揺れの後、すぐにヘルメットと目立ちやすい反射板付きの上着を着て裏山に駆け上がった。すぐに「ゴー」という音が途切れることなく聞こえ、水の壁が襲ってきたのを目の当たりにした。自宅は押し寄せた波で床上浸水していた。

 被災3日後、生きる気力をなくし消沈していた川端さんの元を女性が訪ねてきた。初対面だったが12年前に亡くなった母親の知人だった。その女性も被災し、着の身着のままで歩いてきていた。帰り際「黙って独りで消えないでね」と言われ、互いに手を取り合って泣いた。地震後、投げやりになった時期もあったが「ここにいるのはその人のため」と、女性の言葉に自分を奮い立たせ生き抜こうとしている。

 今は、地形が変わってしまったという富山湾の海底のことも気になる。大地震が起きなくても津波が発生するのではないかと心配だ。「能登はかわってしまった。正直、来ないで欲しいけど、来てくれるなら自分の命は自分で守るようにして欲しい」(上田幸一)

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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