セミの死骸をマッチ箱に 「一生懸命さ」痛かった松ちゃん

NPO法人「抱樸」理事長 奥田知志さん

 2008年夏。長年の路上生活を脱して、僕らが運営する自立支援住宅に来て3カ月が経つ松ちゃんが「仕事」を始めた。といっても会社に勤めるのではない。毎朝、わが家に新聞を届けると言い出したのだ。それも郵便受けから新聞を取って1メートル先の玄関ドアのノブに挟むだけ。果たして「ありがたいか」と問われるとわからないが、問題行動が続く松ちゃんの変化であるのは確かで、僕らにとっては驚くべきことだった。

 松ちゃんは子どもが好きで、わが家の子どもたち3人ともお世話になった。そのころ末っ子は幼稚園の年長組で、セミに興味を持ち始め、松ちゃんは何とか捕ってやりたいと思ったようだ。しかし酔っ払いの68歳のオヤジに捕まるようなのんきなセミはおらず、奮闘むなしく収穫の無い日が続いた。

 夏の終わり、ついに松ちゃんはセミを持ってわが家の玄関に立った。それは、なぜかマッチ箱に入って届けられた。そして、「マッチ箱ゼミ」はすでに“全員ご臨終”されていた。末っ子はなんとも言えない表情で受け取ったが、松ちゃんは「捕ってきてやったぞ!」と誇らしげだ。僕らの脳裏に“すでに召天済みのセミを拾っているのでは疑惑”が浮上するが、恐ろしくて聞けない。

 我が家の玄関にはセミの死骸…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

Japonologie:
Leave a Comment