マニュアル残せぬ五輪メダル 技術の極み、5千個完成へ

 東京五輪・パラリンピックで、アスリートに贈られるメダル計約5千個の製造が、間もなく終わろうとしている。新型コロナウイルスの影響で延期されたものの大会名に変更はなく、「2020」と刻まれたメダルは来夏へ。製造を請け負った造幣局(大阪市)が保管方法を検討中で、2021年の到来を静かに待つことになる。

 造幣局によると、19年1月に始まった製造工程は大きく2段階。金属板から円形にくりぬいた地金。それを、プレス機にかけて勝利の女神ニケ像などのデザインを施す「圧写(あっしゃ)」と、めっきを施したり、製造過程でついた傷を修復したりする「仕上(しあげ)」だ。

 高卒で入局して以来、勲章などを作る装金課を足場に技術を磨いてきた2人。圧写係の技能長・冨岡省太さん(46)と仕上係の作業長・坂和也さん(57)が、中心的役割を担った。

 ともに1998年長野五輪のメダル製造に関わった経験がある。ただ、当時は「手伝いのような立ち位置。先輩の技術を学ばせてもらっていた」と坂さん。キャリアを積んだ今回は、熟練工として「祭典」に携わった。

 五輪メダルは直径85ミリ、厚さ10ミリ。重さは金が556グラム、銀550グラムで、銅は450グラム。パラリンピックのメダルも大きさは同じで、金526グラム、銀520グラム、銅430グラム。重さをそろえるため、数カ月の試行錯誤を繰り返したという。

 品質にも神経をつかった。プレス機にセットする金型は使用頻度に応じて摩耗するため、メダルに刻まれた模様にもわずかな狂いが生じてしまう。それらを整えるため、光を美しく反射する表面の状態を見極める「目」と、ヘラなどを使って手作業でミリ単位の傷を消す「技」が不可欠だ。

 「五輪のメダルを作るというプレッシャーを感じながらの作業だった」と冨岡さん。坂さんも「1枚目も、5千枚目も、同じ輝きに仕上げることを求められた」と苦労を明かす。

 大会は来年に持ち越されたが、今年7月の五輪開幕に合わせた当初のスケジュール通りに作業は進み、大詰めの段階。一方、懸念されるのが延期の影響だ。メダルは金属で、空気に触れる時間が長いと変色やくすみのおそれもある。湿気は大敵で、室温調整に気を配る必要があり、造幣局は5千個のメダルをどこで保管するか検討している。

 五輪やパラの表彰式映像はほぼ見ないという坂さんだが、今回は思い入れが違う。「自分たちが作ったメダルを目指して世界中から選手が集まってくる。胸で光る瞬間を、必ず見たい」

技術、チームで継承

 五輪・パラリンピックのメダルは開催国の大会組織委員会が調達することになっている。海外貨幣の製造も受注する造幣局が、メダルを製造するのは1964年の東京大会を皮切りに4度目。72年札幌、98年長野の冬季大会でも製造を担った。

 今回のメダル製造に携わったのは、約500人在籍する職員のうち20人ほど。その技術は「紙で残せるようなものではない」(造幣局)といい、若手とベテランをバランス良く配置したチーム内で継承してきた。

 五輪メダルに描かれたニケの指先の動きや、パラメダルの扇状模様など細部に至るまで表現できるのは、その蓄積があってこそ。装金課の岡田真一課長補佐(48)は「職人芸を持った我々にしか作れないメダルじゃないですか」と誇る。(河野光汰)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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