人口上回るかかし 量産の夫婦、やりすぎてあわや通報?

 広島市の山あいの集落に、人口より多い約120体のかかしがいます。記者が現地を訪ねると、かかしだけにとどまらない盛り上がりがありました。

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 広島市中心部から車で約1時間。車同士がすれ違うのもやっとの長い一本道を抜けると、山あいの集落にたどり着いた。

拡大する広場でくつろぐかかしたち=2020年11月29日午前11時57分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 あちこちに人影が見える。国道沿いのガードレールに手を掛けて、集落を見つめる親子連れ。橋の上で釣りざおを手にたたずむカップル……。近づいてよく見ると、ピクリとも動かない。すべて、かかしだ。

 広島市佐伯区湯来町の上多田地区。人口約90人。65歳以上の高齢者が9割を占めるというこの地区に、人口より多い約120体の「リアルすぎる」かかしたちがいる。作っているのは一組の夫婦だと聞いて、制作現場を訪ねた。

 「リアルかかしの里山」と書かれた看板に従い、たどり着いた広場には10体ほどのかかしがいた。

拡大する集落を見つめる親子のかかし=2020年11月29日午後0時8分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 すぐそばにある木造2階建ての家はさらに圧巻だ。軒先から屋根の上まで50体余りがぎっしり。あっけにとられて眺めていると、広場で竹馬を楽しむかかしの横で、1体が動いた!

 ……と思ったら人だった。

拡大するかかしを作った森本昌利さん(右端)、衣江さん(左から2「人」目)とかかしたち=2020年11月29日午前10時51分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 この人こそ、森本昌利さん(68)。妻の衣江さん(65)と2人で2011年7月からかかしを作り続けているという。

 家は衣江さんの生家。衣江さんの父沢本育磨さんが一人で暮らしていたが、2004年に亡くなった。七回忌を終え、遺品を整理していたとき、昌利さんが思いついた。「近所の人を驚かせてみよう」

拡大する広場にいるかかしたち=2020年12月22日午後0時41分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 育磨さんが残した服や杖を使ってかかしを作り、家の前に置いてみた。「面白い」「もっと増やして」。近所の人たちも衣類の整理を始め、花嫁衣装や礼服を段ボール箱に入れて持ってきてくれた。

 かかし作りは夫婦の共同作業だ。ホームセンターで買った木材で昌利さんが骨組みを作り、顔の下絵を描く。顔を縫うのは衣江さんの仕事だ。運送業者が捨てるはずの梱包(こんぽう)用ラップを持ってきてくれて、かかしの足に巻き付ける。指は動くようにワイヤを使う。ポーズも1体1体変えるなど、細部までこだわり満載だ。多いときで1週間に1体のペースで作り、160体を超えたことも。

拡大するお笑い芸人アンタッチャブルの山崎弘也さんのかかし=2020年11月29日午前10時54分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 テレビでも紹介され、評判は県外にも広まった。宅配便で服が届き、鳥取県でかかしを作っている人たちがバスで視察に訪れた。

 「リアルすぎる」「なんじゃこりゃああああ」。家の前に置いたノートには、訪れた人たちがコメントを寄せる。夫婦で一つ一つ返事を書く。「宝物」だというノートは現在6冊目。

拡大する橋の上で釣りを楽しむかかしたち=2020年11月29日午前11時58分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

時にハプニングも

 「人が集まり、子供たちの楽しそうな声を聞くのはうれしい」。衣江さんは目を細める。

 あまりにリアルすぎるかかしは、しばしばハプニングも起こしてきた。

 台風の翌日、強風に耐えきれず倒れていたかかしを近所の人が見つけて、「人が死んでる!」と通報しそうになったことも。集落に出没するサルたちも、かかしが登場し始めた頃は顔をのぞき込み、不思議そうにしていたという。「夜見ると自分でもびっくりする。ちょっとリアルに作りすぎた」と昌利さん。本人も驚くのなら無理はない。

拡大する泥棒(右)を捕まえる「バカ殿」姿の志村けんさんのかかし=2020年11月29日午前10時52分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 最新作は昨年3月に亡くなった志村けんさん。2階の窓から侵入しようとする泥棒を「バカ殿」姿で屋根の上で捕まえている設定だ。今は歌舞伎俳優の尾上松也さんを作っているという。

拡大する休憩所の修理をするかかし=2020年11月29日午前11時57分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 「最初は1年ほどで終わろうと思ったが、気づいたらここまで続いていた。年をとってからの思い出づくり。細々と続けていきたい」と昌利さんは言う。

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拡大するくもで交流広場などをつくった大田昭三さん(右から2人目)と佐古和好さん(右端)=2020年12月22日午後3時3分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 今、この地区を盛り上げているのは、かかしだけではない。

 「ここに来る人はかかしを見てすぐに帰っていた」。上多田地区内の集落の一つ、雲出(くもで)集落出身の大田昭三さん(71)は振り返る。

 「生まれ育った場所を荒廃させたくない」。17年、同級生の佐古和好さん(71)とともに「くもでを愛し守る会」を立ち上げた。バーベキュー場や釣り堀を手作りし、「くもで交流広場」をオープンさせた。森本さん夫妻に作ってもらったかかし3体が広場で遊ぶ子どもたちを見守る。

 18年には古民家など4軒で民泊も始めた。大田さんによると、昨年は約3千人が広場を訪れたといい、かかしに次ぐ新たな魅力となっている。

拡大する上多田に移住してきた佐藤亮太さんと英美さん=2020年12月1日午後1時59分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 「辺鄙(へんぴ)なところでも、やりようによってはお客さんが来てくれる。地域の人も来てくれる人も喜んでくれて、自分たちもうれしい」と大田さんは喜ぶ。「上多田で仕事ができて、生活できるようになればいい」と夢を膨らませる。

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拡大するノートに書かれたリクエストに応えて作った「ブルゾンちえみ withB」のかかし=2020年12月22日午後0時40分、広島市佐伯区、三宅梨紗子撮影

 上多田地区には2015年、15年ぶりの「リアル子供」が生まれた。地区の町内会連合会会長を務める佐藤亮太さん(35)と英美さん(33)の長女だ。

 2人は東日本大震災後の11年9月、福島県から広島市中区に移り住み、14年4月、上多田の空き家に入居した。震災をきっかけに、食べるものを自分で作り、自然と共に生きたいと考えるようになったという。

 亮太さんは言う。「かかしはこの地区の欠かせない資源だけど、エネルギーあふれる『人』もたくさんいる。ぜひ会いに来てほしい」(三宅梨紗子)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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