原発避難者「生まれ育った土地奪われた」 求められる安全性とは

 東京電力福島第一原発事故から10年あまり。愛媛県内に避難した住民らが国と東電を訴えた訴訟で、高松高裁は29日、一審・松山地裁に続き、国と東電の責任を認める判決を出した。

 「原発事故から10年が経ち、世の中で風化が進む中での判決だった。国の責任を明確に認めてもらい、ホッとしている」。原告団代表の渡部寛志さん(42)=愛媛県松前町=は控訴審判決後の記者会見で、「勝訴判決」の意義を強調した。

 事故当時、福島県南相馬市の避難指示区域内に住んでいた。原発はどんな状況にあるのか。放射線がどれだけ周囲に広がっているのか。正確な情報がない中、多くの人々が避難を余儀なくされた。自身も、大学時代を過ごした愛媛県を避難先に選び、家族とともに移り住んだ。

 事故から3年たった2014年、同じく福島県から避難した人たちと訴訟を起こした。「事故に至るまでに、国と東電がやるべきことがあったのではないか」という疑念があった。

 19年3月の一審判決で国と東電の責任が認められ「非常にありがたい」と感じたが、避難指示の対象となった避難者と、自主避難者の間では賠償額に開きがあったことに、気をもんできた。「生まれ育った土地を奪われたという点ではみんな同じ。そこを理解してほしい」

 愛媛で始めたミカン栽培は軌道に乗ってきた。将来を考える際には、常に福島で暮らす自身の姿が思い浮かぶ。3年前から福島県南相馬市でコメ作りを始め、田植えと収穫の時期に計4カ月ほど福島に滞在する「2地域居住」を始めた。

 「もとの生活が戻ることはない。ただ少しでも、過去のもやもやした思いを払拭(ふっしょく)して、未来の希望を考えられる日々にしたい」

 29日の高松高裁判決は、家庭や学校、職場など地域社会との関わりも相当程度に失われたとして、一部の避難者について「ふるさと喪失慰謝料」を認めた。賠償額も、一審判決より上積みされた。それでも、原告側代理人の野垣康之弁護士は「賠償がなお不十分」として、上告する方針を明らかにした。「長い戦いになる」。淡々とした口調に、決意を込めた。(谷瞳児)

長期評価重視の流れ続く 注目される最高裁の判断 

 東京電力福島第一原発事故をめぐる高裁の判断は、原告側からみて「3勝1敗」になった。国の賠償責任を認めた3件の判決はいずれも、2002年に津波の可能性を指摘していた国の「長期評価」を重視し、国が対策を命じるべきだったと認定した。

 「最高裁、各地の裁判にも大きな影響を与える判断」。各地の原発避難者訴訟を支援してきた南雲芳夫弁護士は会見でこう語った。先行する3訴訟の高裁での判決や様々な反論を踏まえた上での「練り上げられた判決」と評価した。

 長期評価は、福島県沖でも大きな津波を伴う地震(津波地震)が起こる可能性を指摘していた。東電が08年に計算した15・7メートルの津波予測も、この評価をもとにしていた。今回の判決は、02年の時点で同様の計算をしていれば原発の技術基準を満たさないと判断できたのに、対策を命じなかったと断じた。

 国の責任をめぐっては、長期評価の信頼性が議論になってきた。国の責任を認めなかった今年1月の東京高裁判決は「種々の異論や信頼性に疑義を生じさせる事情が存在していた」とし、「国に問題があったとまで認めることは困難」と国の裁量を容認していた。

 ただ、原発は事故を起こせば影響が大きく、高い安全性が求められる。国の責任を認めた判決はいずれも、長期評価が専門的な審議を経た見解であることを重視。今回も「異論を踏まえて高度に専門的な審議を行ったうえで取りまとめられた」と信頼性を認め、規制を担う原子力安全・保安院が内容や影響を十分に調べなかったことを批判した。

 馬奈木厳太郎弁護士は「長期評価の信頼性は揺らがない。責任論は決着がついたと思っている。これを今さら最高裁が変えることはあり得ないと強調しておきたい」と述べた。3訴訟と合わせた最高裁の判断は、事故の賠償や今後の原発の規制にも影響する。

 原発事故をめぐっては、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣3人の刑事裁判控訴審が11月に始まる(一審は無罪)。東電の株主が旧経営陣5人に22兆円の支払いを求めた訴訟は年内に結審する見通しで、いずれも長期評価で対策を取れたかどうかが焦点になっている。(編集委員・佐々木英輔

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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