多和田葉子さんら4氏に朝日賞 特別賞は田沼武能さんに

 2019年度の朝日賞と朝日賞特別賞の受賞者が決まった。1929年に創設された朝日賞は、学術・芸術などの分野で傑出した業績をあげ、日本の文化や社会の発展、向上に貢献した個人・団体に朝日新聞文化財団から贈られる。特別賞は、本賞以外の分野で社会的貢献のあった方に対して朝日新聞社が随時、贈る。

 1月29日に東京都内で贈呈式を開き、正賞として故・佐藤忠良さん作のブロンズ像と副賞(朝日賞1件500万円、特別賞200万円)が渡される。

 受賞者と授賞理由は次の通り。

朝日賞

・多和田葉子(小説家、詩人)「日本語とドイツ語を自在に行き来する越境的な創作活動」

・柳家小三治(落語家)「江戸落語の継承と自在な話芸」

・斎藤通紀(京都大学教授)「生殖細胞の発生機構の解明と試験管内での作製」

・東山哲也(名古屋大学教授)「植物の受精の仕組みを解明」

朝日賞特別賞

・田沼武能(写真家)「70年にわたる写真家活動と、写真界への多大な貢献」

多和田葉子さん

 日本語とドイツ語で、詩や小説を発表してきた。大災厄後の日本を舞台とした「献灯使(けんとうし)」や、ホッキョクグマを主人公にした「雪の練習生」など、代表作が次々翻訳され、30を超す言語で本が出ている。言葉と言葉の狭間(はざま)で生まれるユーモアと、批評性の高い物語が世界の読者を引き付ける。

 ベルリンの自宅は、天井まで本棚で埋まっていた。それでも「壁が足りない」と言う。幼い頃から本を読むのが大好きだった。「小学生の時から小説家になろうと思っていました」。カフカに魅せられてドイツ語を学び、大学卒業後にドイツで就職。作家デビューはドイツが先だった。

 小説に登場するのは、国家や社会に縛られず、自分らしく生きようとする主人公が多い。作品には言葉遊びが溶け込む。「風刺や批評も言葉遊びがあれば、相手を攻撃するのではなく、一緒に笑って、一瞬認め合う気になりませんか」

 海外では「移民文学」と言われる。近作は、移民や環境問題をテーマとし、地球の未来を見つめる。「想像力を働かせて、現実にはまだ見えていないことを、理性だけでなく気持ちに語りかける。それが文学の可能性だと思います」

 たわだ・ようこ 1960年、東京都生まれ。早稲田大卒業後ドイツに移住。93年「犬婿入り」で芥川賞。2011年「雪の練習生」で野間文芸賞。16年、ドイツのクライスト賞。18年「献灯使」で全米図書賞翻訳文学部門。(中村真理子)

柳家小三治さん

 ゆったりとした口調で、聞き手を江戸落語の世界へ連れていく。噺(はなし)は八五郎やご隠居ら登場人物を突き詰め、押し付けずに自然と笑いを誘う。噺に導入するマクラはあちこちへ話題が広がり、本やCDになるほどの出来栄えだ。

 多くのファンに親しまれる高座とは打って変わり、「わかりにくいんです」と性分を明かす。

 人間国宝に認定されたほか数々の賞を受けてきたが、「褒めてもらおうと思ってこの世界に入ったわけじゃありませんから」とあっさり。でも、今回は歴代の受賞者を知って「世の中に受け入れてもらったんだな」と感じたという。

 若い頃は何をめざすか自問し続けた。いまでは、しゃべりながら「お客さんと心が通じ合ったな」と手応えを得たときがうれしい。若手には、目先の笑いを追い求めないよう注文する。「人間として生きることが一番大切だ。やっぱりそこですかね。古くさい人間でございます私は。ふふ」

 かと思えば、「まだ見えてこない、何に出会うかしら、何に感動するかしらってのが、すごく楽しみ」。オートバイやカメラなど多趣味で知られた噺家は、好奇心を静かに燃やす。

 やなぎや・こさんじ 1939年東京都生まれ。59年、五代目柳家小さんに入門。69年に真打ち昇進し、十代目柳家小三治を襲名した。2010~14年に落語協会会長を務め、14年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。(井上秀樹)

東山哲也さん

 被子植物がどのように受精し、子孫を残すのかという19世紀後半以来の謎を解き明かした。花粉はめしべの先につくと、種子のもとになる胚珠(はいしゅ)に向かって花粉管を伸ばし卵細胞に精細胞を届ける。中学校の理科でも習う、受精の流れを生きたままの状態で観察した。世界初の成果だ。

 胚珠が花粉管を呼び寄せる誘因物質を発見。種(しゅ)ごとに物質が異なることも突き止め、違う植物同士はなぜ受精しないのかという謎も解いた。

 植物の奥深くでおきる受精は、「最後の秘境」とされたテーマだ。実験は失敗続きだったが、「粘って同じことをし続ける」性格で難局を突破した。

 観察できたかぎは、胚珠から一部が飛び出ている園芸植物のトレニアを見つけたことだった。花粉管が胚珠の先端でとぐろをまく、未知だった受精の瞬間を「見逃さなかった。これが大事だった」と振り返る。

 「生物学は、面白い生き物から入り、普遍的な仕組みにいきあたるのが一番のロマン」。違う種の植物同士をかけ合わせて、まったく別の種を誕生させる仕組みを探る国家プロジェクトをいま率いる。種を理解することにもつながると信じている。

 ひがしやま・てつや 1971年、山形県生まれ。99年、東京大大学院理学系研究科博士課程修了。2007年、名古屋大大学院理学研究科教授。同大トランスフォーマティブ生命分子研究所副拠点長や東大大学院理学系研究科教授も務める。(杉浦奈実)

斎藤通紀さん

 新たな命を生み出す精子や卵子。そのおおもととなる生殖細胞が生まれるメカニズムを、哺乳類で初めて明らかにした。体を形作る体細胞はいずれ死ぬが、命を次世代につなぐ生殖細胞は「極端に言えば死なない」。一生をかける価値ある研究、と突き進んだ。

 生殖細胞に魅せられた大学院時代、遺伝子レベルの研究はほぼ手つかずだった。治療に結びつきそうな研究をする仲間を見て、将来に不安をおぼえたこともある。それでも「未来にメッセージを残す研究にきっとなり得る」と信じた。

 英国留学中、細胞ごとの遺伝子の働きを調べる緻密(ちみつ)な手法で、生殖細胞になる運命を決定づける遺伝子を発見。それを端緒に生殖細胞の成り立ちと遺伝子の働きを次々と明らかにし、この分野を一気に開拓した。マウスのiPS細胞から生殖細胞を作り、それらを受精させ、マウスの子をつくることにも成功した。

 サルやヒトでの研究も進める。近年、生殖細胞には遺伝情報を不変に保つ力があることがわかってきた。全身に適用できれば、いつか不老不死を実現できるかもしれない。「さらに果てしない」先を見据え、挑戦を続ける。

 さいとう・みちのり 1970年、兵庫県生まれ。99年、京都大大学院医学研究科博士課程修了。英ケンブリッジ大ガードン研究所、理化学研究所を経て、2009年から京大大学院医学研究科教授。18年から同大高等研究院ヒト生物学高等研究拠点長。(松本千聖)

田沼武能さん

 写真家には高齢で活躍している人も少なくない。だが、90歳になっても最新のカメラを肩に野山や街角へ出かけ、雑誌の連載や写真コンテストの審査に忙しい日々を送っているのは、この人ぐらいだろう。

 専門学校を出て、木村伊兵衛の助手としてこの道に入った。1966年、パリ・ブーローニュの森で子どもの写真を撮ったことがきっかけで、「子どもたちの写真」をライフワークに。黒柳徹子ユニセフ親善大使の訪問にすべて同行するなど、125カ国以上を巡った。

 こうした活動に加え、写真界への貢献が受賞の理由となった。例えば著作権の保護。「公表後10年」だった写真の保護期間を、他の著作物並みにする法改正を求め、40年余り運動の先頭に立った。ついに98年、「作者の死後50年」の保護期間を獲得し、その後70年にまで延長された。

 昨年、写真分野で初となる文化勲章を受けた。カメラ業界の不振、雑誌の低迷など、元気のない写真界に明るい話題をもたらした。そして朝日賞特別賞。「私の慶事というだけでなく、写真界のみなさんが喜んでくれている。写真に対する価値観を高めてもらうきっかけになれば最高です」

 たぬま・たけよし 1929年、旧東京府生まれ。東京写真工業専門学校(現東京工芸大)卒。51年、「芸術新潮」で文化人らの肖像を撮影。66年、米タイムライフ社と契約。元日本写真家協会会長。日本写真著作権協会会長、全日本写真連盟会長。(勝又ひろし)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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