多忙な「金八先生」をはっとさせた 「神様」山田洋次監督のひと言

 「金八先生」で知られる歌手・俳優の武田鉄矢さん(72)。歴史や文学など豊富な知識を生かした著作も多い武田さんですが、生涯を通じて学ぶ姿勢を意識するきっかけになったのは、映画監督の山田洋次さん(90)の一言だったと言います。

武田鉄矢さん=倉田貴志撮影

 1949年、福岡県生まれ、72年にフォークグループ「海援隊」でデビュー。映画「刑事物語」やテレビドラマ「101回目のプロポーズ」など代表作多数。『人生の教養を高める読書法』など著作も多い。

 熱血教師を演じたテレビドラマ「3年B組金八先生」(1979年放送開始)で、武田さんの名は一気にお茶の間に知れ渡った。

 きつい現場だったという。「リハーサルが何度も繰り返され、撮影は早朝から深夜まで。台本を覚える余裕もなかったぐらい」と振り返る。

 リハーサルを終え、クタクタになって東京・赤坂の喫茶店で休憩をしていた時のことだった。山田監督が偶然、入ってきた。

 山田監督は、武田さんにとって神様のような存在だ。俳優デビュー作となる「幸福の黄色いハンカチ」(77年)で物語のキーとなる青年役に抜擢(ばってき)したのが監督だ。物語のコメディーリリーフを担い、主演の高倉健さんを相手に独特の存在感を見せた。デビュー作で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞する快挙を成し遂げた。2作目も山田監督の「男はつらいよ」。第21作「寅次郎わが道をゆく」(78年)では寅次郎(渥美清)を師匠とあおぐ失恋青年を好演。渥美さんと息の合った共演ぶりだった。

男はつらいよ21作「寅次郎わが道をゆく」のロケ風景。(右から)武田鉄矢、倍賞千恵子、渥美清、山田監督=1978年5月

 武田「ご無沙汰しております」

 山田「忙しいかい?」

 そんなとりとめのない会話を交わした後、疲れ切った姿を見透かしたように山田監督が別れ際にひとこと声をかけた。

 「人間というのは、忙しいと…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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