大阪・梅田のオリンピア 開会式前日に502日ぶり復活

列をなすお客さんに次々と料理を提供するシェフら=2021年7月29日午後0時6分、大阪市のレストラン「オリンピア」、小宮路勝撮影

 前回の東京オリンピック(五輪)があった1964年に開店し、半世紀にわたり親しまれてきたバイキングレストランが大阪・梅田にある。コロナ禍で休んでいたが、今回の東京五輪の開会式前日、502日ぶりに復活した。その店、「オリンピア」には、客が少しずつ戻ってきた。

 JR大阪駅すぐ近くの大阪新阪急ホテル。地下1階から、香ばしい匂いがただよってきた。

 「祝再開」と書かれた黒板を掲げたオリンピアに正午前に入った。

 エビのあぶり焼き、ビーフステーキ、北京ダック、サーモンのパイ包み焼き、すし、マグロ丼……。280席ある空間に80種類の料理が並ぶ。

 昭和の頃から通うという大阪府堺市の女性(74)は「コロナやから仕方ないけど、ほんまに久しぶり」。

 天ぷらの盛り合わせを食べた孫娘(10)は「お店の見た目もきれいやし、味もおいしい」と話す。

 父母、祖父母と3世代で訪れた大阪市の女性(25)は「どれもシェフの作り立て。和・洋・中と幅広くそろっている」と言う。

前回の東京五輪、1964年に開店 関西バイキングの先駆け

 オリンピアは「世界30カ国以上の料理が食べ放題」を売り言葉にオープンした。

「世界30カ国以上の料理が楽しめる」バイキングレストランとしてオープンした「オリンピア」。海賊船をイメージしている=1964年、大阪市北区、大阪新阪急ホテル提供

 当時の関西では珍しいバイキング形式で人気を集めた。料理を載せるテーブルは海賊船をイメージしてつくった。

 その後も小さな機関車を走らせたり、お化け屋敷風にしたり。「にぎわってナンボ」と様々な仕掛けで親しまれ、2019年も毎月2万人が訪れていた。

コロナ下の逆境 励ましの電話

 コロナ禍で状況は一変した。

 当時の安倍晋三首相は昨年3月の対策本部で、ビュッフェ形式の会食やスポーツジムを例に挙げ、「換気が悪く、密集した場所や不特定多数の人が接触する恐れが高い場所では、感染拡大リスクが考えられる」と指摘。「このような空間に集団で集まることを避けて」と呼びかけた。

 オリンピアは昨年3月から休業を余儀なくされた。

 昨夏や昨秋など、何度か再開直前までこぎ着けたが、その度に感染が再拡大して断念。従業員は自宅待機が続いた。

 レストラン部チーフの堀美穂さん(34)は「普段は活気のある場所がしーんとして暗くて、『怖っ』って思って。すごくさびしかった」と話す。

 休業中も常連客から、いつ再開するのか問い合わせが絶えなかった。

 休業を伝えると、「待っているよ」「がんばってね」と励まされた。かつて結婚式を開いた思い出を語る人もいた。

 電話番を務めたマネジャー坂本宏明さん(52)は、「モチベーションを保つのが難しいなかで、絶対に再開しなきゃと思わせてくれた」と話す。

 再開にあたり対策を取った。

 お客が大皿から料理を取るのではなく、シェフがあらかじめ個別にお皿に取り分けて渡す方法に変えた。

 手の触れる場所に抗菌・抗ウイルス加工を施し、280席のうち使用は150席に限定。30分ごとに最大50人までの入場制限を実施し、目玉料理ができたことを知らせるマイクパフォーマンスもやめた。

 4連休の初日の22日に再開することが決まった。

 東京五輪の開会式の前日。

 堀さんは「今まで何度も開けようとしてダメで、不思議とこの時期になった。偶然ですが、五輪とご縁を感じる」と話す。

列をなすお客さんに次々と料理を提供するシェフら=2021年7月29日午後0時5分、大阪市のレストラン「オリンピア」、小宮路勝撮影

 1年4カ月以上ぶりの再開初日。

 和・洋・中・デザートの各担当シェフ20人が、過去の人気料理から選んだ「ベストセレクション」をふるまった。

 坂本さんは「何度もリハーサルをしたが、緊張でガチガチ。感動の涙を浮かべる余裕もなかった」と話す。

 再開後のお客の入りは通常の3~4割ほど。モットーである「活気」「にぎやかさ」も控えめだ。

 それでも、従業員一同が心を込めて、マスク越しに小声でつぶやいているという。

 「いらっしゃいませ」(矢島大輔)

列をなすお客さんに次々と料理を提供するシェフら=2021年7月29日午前11時32分、大阪市のレストラン「オリンピア」、小宮路勝撮影

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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