娘が乗った幼稚園バスは津波にのまれた 園バス置き去りに、母は思う

 11年半前の東日本大震災では、宮城県石巻市で、幼稚園の送迎バスが津波にのまれ、5人の園児が亡くなった。そのうちの1人、佐藤愛梨ちゃん(当時6)の母親が24日、静岡県御前崎市の、保育関係者を含む約70人に向けて思いを語った。

 隣の牧之原市ではこども園の送迎バスに置き去りにされた3歳の女の子が亡くなったばかり。佐藤さんは、「わが子だったらと想像し、子どもの命を真ん中に置いて考えてほしい」と語りかけた。

園バスに乗っていた佐藤愛梨ちゃんは

 2011年3月11日の朝。宮城県石巻市の佐藤美香さん(47)は、長女の愛梨ちゃんが通う私立日和幼稚園のバスを待ちながら、2人でいつも通り「足踏みごっこ」をしていた。

 3月の石巻市はまだ寒い。体を冷やさないために考えついた遊びだった。

 到着した園バスに、姿が見えなくなるまで手を振った。

 「『行ってきまーす』と出て行った娘の『ただいま』の声をずっと聞けていません」

人を笑わせることが大好きで

 愛梨ちゃんは2004年に静岡県で生まれた。転勤族で、震災当時は石巻市にいた。

 いつもニコニコしていて、人を笑わせることが大好きだった。

 母は、「そんなの関係ねえ!」と言いながらタレントの小島よしおさんのまねをしていた姿をよく思い出す。大好物のメロンを妹とおいしそうに食べていた姿も。

 日和幼稚園は高台にあり、津波の被害は免れた。しかし、園は震災直後、園児たちを家に帰そうと、バスで低地の海側に送り出した。

 バスは津波にのまれ、愛梨ちゃんを含めた5人の園児が犠牲になった。

抱きしめたくても抱きしめられなかった

 24日の講演に石巻からオンライン出演した佐藤さんは、時折言葉を詰まらせながら、経験を語った。

 震災3日後、佐藤さんは、がれきの中で焼け焦げたバス内で、小さくなった愛梨ちゃんを見つけたこと。表情すらわからず、もろく、抱きしめたくても抱きしめられなかったこと。

 園バスが見つかった場所の近くに住んでいた人が、震災当日の夜、子どもの声で「たすけてー」と叫ぶ声を高台で聞いたと話していたこと。

 愛梨ちゃんが亡くなったことを当時3歳だった妹の珠莉ちゃんに伝えると、大粒の涙をぼろぼろとこぼし、声を押し殺しながら泣いたこと。

 会場に大きく映し出された画面には、愛梨ちゃんの遺品の焼け焦げたクレヨンケースや上履きの写真も映された。

「自分の子で最後にしてほしかった」

 講演会は、御前崎市の災害支援団体が子どもと防災を学んでもらおうと企画したものだったが、開催の19日前、隣の牧之原市のこども園で、送迎バスに置き去りにされた3歳の女の子が命を落とした。

 佐藤さんは、この女の子の遺族や、1年前に起きた福岡の園バス置き去り死亡事故の遺族の気持ちを推し量りながら、「学校などの管理下で犠牲になるのは、自分の子どもで最後にしてほしかった」と語った。

 そして、「もし自分の大切な人だったらどうするかに置き換えて、目の前の子の命をどう守るために行動してもらいたい」と訴えた。

命の犠牲の上に成り立つ教訓があってはならない

 この日の講演のタイトルは、「命の犠牲の上に成り立つ教訓があってはならない」。タイトルにこめた思いも語った。

 「娘は教訓となるために生まれてきたわけではありません。ですから、教訓という言葉は好きではありません。でも、せめて、せめて、せめてもの、教訓として生かしていただきたいと思っています」(田渕紫織)

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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