引き揚げ待つ日々、銃剣を突きつけられた 戦時の性暴力を考える

 ロシアのウクライナ侵攻から1年。現地ではロシア兵による性暴力の被害が相次ぎ報告されています。個人の尊厳を深く傷つける行為は、いつ、どこでも起こりえます。朝日新聞「声」欄には、太平洋戦争後の混乱期の被害を打ち明ける投稿が届きました。「戦時には女性が『コミュニティーの所有物』という意識が強化されることがある」と、ジェンダー研究者の秋林こずえ・同志社大学教授は語ります。性暴力被害をなくすために何ができるのか。2人の読者の肉声とともに考えます。

ポッドキャストで聞けます

番組では、投稿を寄せてくださった2人の女性のインタビュー音声とともに、秋林こずえ教授をスタジオに迎えて、戦時の性暴力の根底にあるものを考えます。

 1945年8月15日の敗戦後、外地から引き揚げてきたのは約629万人。中国からは約154万人、旧満州中国東北部)からは約127万人が日本の地を踏みました。引き揚げるまでの避難生活で起きた出来事、「一生、言わないつもりだった」という被害をつづった手紙が「声」編集部に届きました。

 東京都の清水久枝さん(88)の投稿「伝える 生きながらえた証し」(2022年7月18日掲載)をご紹介します。

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 1945(昭和20)年8月15日、国民学校5年生の私は、中国・西安の叔母の家で敗戦を知った。9月初旬には「日本人を皆殺しにせよ」と暴動が起きた。ゴボウ畑の中に隠れて難を逃れたが、母は捕らえられ、腰巻き姿で解放された。

 1カ月後、母の使いで外に出たら突然、八路軍兵士に銃剣を突きつけられ、廃屋まで歩かされた。兵士は私の周囲をゆっくりと歩き、銃剣でスカートをめくった。直立不動、泣き叫ぶことも抵抗もできない。兵士は127センチの小娘の私に「歩け」とあごで合図。私はゆっくりと歩いて外へ出て、脱兎(だっと)のごとく走った。

 12月初旬には、日本軍の元兵士が「お手伝いしてほしい」とやってきた。彼の後に従って行くと、体育館についた。戸を開けると、元兵士にいきなり押し倒され、両手を押さえつけられた。「何するんだ! 離せ!」と両足をばたつかせ暴れた。すると、パッと自由になり、裸足で一目散に逃げた。元兵士は股間を押さえて走っていった。

 数々の危険な体験は生涯、秘密にするつもりだった。しかし、軍国時代を生きながらえた証しを残したく、ペンをとった。

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 清水さんに、当時の様子や思いをさらに伺いました。

■震える体 母にも言えなかっ…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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