情念の歌い手だった八代亜紀さん 箱根の山荘で感じた画家の息づかい

 顔に雪がはりつき、たちまち凍りついた。これより先に鉄道はない。日本列島最北端の北海道稚内市

 今はあるのかどうかは知らないが、JR稚内駅近くに「ラーメンは北へ行くほどうまい」と書かれた看板があった。実際、朝日新聞の稚内支局長としてこの街で暮らしていたので、看板に偽りはなかった。北の街のラーメンは絶品である。

演歌は北へ行くほど味が出る

 同じように「演歌は北へ行くほど味が出る」ということも事実だろう。雪がしんしんと降り積もる夜、単身赴任の支局で聴いたのが八代亜紀さんの「舟唄(ふなうた)」だった。哀愁たっぷりのハスキーボイス。その歌声は、男と女の情念が揺らめく「艶歌(えんか)」でもあった。

 「東京に戻ったら八代さんの取材をしたい」

 そう思い、50年の歌手人生をたどった連載や企画記事、週刊朝日の単独インタビューなど取材を続けた。事務所は東急自由が丘駅から徒歩十数分の閑静な住宅街。何度も通った。

八代亜紀さんと親交があった大衆文化担当の編集委員が、箱根の別荘「八代山荘」を訪れたときのエピソードなどを紹介します

 「いつか、こちらにも遊びに…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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