映画「無法松」、名作ゆえの功罪 小倉祇園太鼓の葛藤

 21日に閉幕した今年の小倉祇園太鼓は、400周年に重ねて国重要無形民俗文化財の指定も受け、盛り上がりを見せた。指定に向けた北九州市の調査報告書には「映画『無法松の一生』の功罪」という一節が。物語によって誤ったイメージが広まった面があり、その「負の影響」を検証して、祭りの本義に立ち返ろうという意図だという。一方で、地元の「無法松」愛はいまだ根強いものがある。

 北九州市内で先月開かれた400周年の祝賀会。講演で、無法松を演じる三船敏郎が山車に乗って太鼓を打つ映画(1958年版)の一場面が映し出された。「あり得ないシーン。太鼓を据える山車は存在しない」。国重文指定に向けた市の調査委員を務めた段上達雄・別府大教授(日本民俗学)は苦笑して語った。

 無法松を通して小倉祇園太鼓を知った人は多い。「名作だけに、誤ったイメージが広まってしまった」と段上氏。調査報告書にも映画の「功罪」についての一節を設けた。

 「罪」の最たる物が太鼓の打ち方。基本は最初にアクセントがある「ト、トン」の3拍子。原作や映画で無法松は本来の打ち方を「蛙(かえる)打ち」とくさし、「流れ打ち」「勇み駒」といった早打ちを「本当の祇園太鼓」と披露する。

 映画などの打法はいずれも創作だが、市内の太鼓グループ「女無法松の会」の岩原未季さんは演奏中、観光客らから「無法松みたいに鳴らして」と求められることがあるという。

 各地の創作和太鼓の多くは、無法松映画の勇壮な早打ちが影響したと言われる。本家の小倉でも、20年前をピークに早打ちのグループが目立ち、リズムの乱れが問題になってきた。

 小倉祇園太鼓保存振興会は3月の国重文指定を受け、改めて「神事である本来の3拍子を守ろう」と太鼓の打ち手に呼びかける講習会を開催した。

 音楽担当の調査委員、山本宏子・岡山大名誉教授は「世界的にもまれな拍子」とみる。太鼓の両面から2人の打ち手がたたくリズムは、ゆっくりした中に複雑な構造があり、映画に見られる早打ちよりはるかに難しく、「誇りを持って伝えてほしい」と訴えた。

 一方で、無法松のキャラクターは今も人々の心をひきつける。

 小倉城下で「無法松人力車」を名乗って観光人力車をひく田代規明さん(50)は原作に涙し、「小倉に人力車を走らせたい」と7年前、福祉施設での仕事から転職した。「荒っぽいけどシャイで純情。北九州の気質を表す代名詞として無法松を伝えていきたい」

 田代さんをモデルに、無法松に憧れる車夫を描いた映画「君は一人ぼっちじゃない」も400周年に合わせて製作され、4月から公開されている。

 架空の人物ながら、北九州市内には「無法松之碑」がある。恒例の碑前祭は今年で61回を数えた。地元の元車夫が「無法松の墓を作ろう」と思い立ち、碑の保存会も立ち上げた。

 今の会長は元車夫の孫の一色浩次さん(51)。祇園太鼓のため、県外での仕事を辞めて小倉に戻った。一色さんら祭り好きにとって「無法松」は、太鼓名人を指す言葉。義理人情に厚い、といった人格も備わって初めて許される称号という。「自分もいつかは呼ばれたい。小倉っ子はみんな太鼓打ちですから」(奥村智司)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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