東日本大震災、身元不明者と遺族つないだ似顔絵 事件で磨いた技術、生かし伝える宮城県警OB(47NEWS)

 安倍秀一さん(69)は、宮城県警で20年以上にわたって事件や事故の容疑者の似顔絵を描いてきた。2011年3月の東日本大震災後は、犠牲になった遺体の顔写真を基に似顔絵を描き、身元特定に貢献。判明した身元はこれまでに計25人。定年後の今は後輩たちにその技術を伝え続けている。

 県警では事件現場に臨場する傍ら、幼い頃から好きだった絵の技術を生かして、容疑者らの似顔絵を年間100人以上描いていた。身元不明遺体の顔を基に生前の顔を描き出すこともあった。白骨化した遺体であれば骨格や検視の記録から年齢や肉付きを推測して描写し、生前の姿に近くなるように仕上げた。

 震災は、定年退職後、再任用期間中に発生。鑑識課の課長補佐として県内各地の検視会場を回った。身元確認に必要なDNA型鑑定のために、遺体を探しに来た人から口腔内の細胞を採取する方法を現場の警察官に指導した。会場の近くには遺体安置所が設けられていた。そこでは、行方が分からなくなった家族を多くの人々が探していた。「何とか探してあげたい」。現場の作業に追われながらも思いが強まった。

 身元確認は身体の特徴や所持品などを基に進められる。だが、時間が経過するにつれて遺体の傷みが激しくなり、家族が見ても判別できなくなっていった。こうした中、県警の身元確認班は、安倍さんがこれまで事件現場で発揮してきた似顔絵を描く力を借りることにした。遺体の似顔絵を公表し、情報を集めようと考えたのだった。

 絵を描く上でベースにしたのは検視時に撮影された遺体の写真。顔は、津波で傷ついたり、水を含んで膨れたりして写っていた。それでも、「一人でも身元が分かってほしい」という一心で、写し出された遺体の顔の写真をつぶさに観察した。まぶたやしわも細かく再現した絵は計100人近く。県警は、12年5月から順次、報道機関やホームページに公開した。

 今春には宮城県女川町の平塚真澄(ひらつか・ますみ)さん=当時(60)=の遺骨が遺族の元へ戻った。「口元や顎のラインが似ている」と安倍さんの似顔絵から親族が気付いた。遺体が見つかったのは11年4月ごろ。絵は、1日以上かけて描き上げたものだった。「やっと分かったんだ」。身元判明の報道を見て、少し胸のつかえが取れたような気がした。


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Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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