特別な羽生九段 対戦は勝負度外視、楽しさと奥深さ実感

杉本昌隆八段の「棋道愛楽」

 お盆休みに里帰りや家族旅行など、遠くへ出かけた方も多かったことでしょう。私は弟子との研究会やイベント出演など、将棋ざんまい。そして8月9日には、棋王戦の挑戦者決定トーナメントで約8年ぶりに羽生善治九段と公式戦で対局しました。

 アマチュアの方はもちろん、私たち棋士も「対戦したい棋士は?」と聞かれたら、「羽生九段」と答える人がほとんどでしょう。将棋界のスーパースターの羽生九段は、やはり特別な存在なのです。私も今回の対戦を楽しみにしていました。

 前回、将棋は「間の競技」と書きました。羽生九段との対局ほど、それを実感するときはありません。

 あえて手の広い局面に誘導する羽生九段の指し回しは「どうしますか?」と問いかけられているようで、一手ごとに考えさせられます。指し手を読むだけではなく、「この戦型をもっと研究しておくんだったなあ」と反省させられることも。対局中に、勝負を度外視して将棋の奥深さと楽しさを感じるときでもあります。

 対局は終盤に私のミスが出て負け。将棋は楽しくも、勝負は厳しいです。

 東京での対局の感想戦が終わったのは夜遅く。もう最終の新幹線には間に合わず、羽生九段ら数人と遅い夕食をとりました。

 将棋盤から離れると、やはり弟子の藤井聡太七段の話になりました。こんなときに思い出すのは、昨年の第11回朝日杯将棋オープン戦(朝日新聞社主催)の準決勝と決勝。藤井七段が羽生九段と広瀬章人竜王を相次いで破って初優勝を決めた日のことです。控室の隅にいた私に羽生九段が近づいてこられ、「おめでとうございます」と真っ先に声をかけてくれました。第一人者は切り替えの速さも一流だと感服したもの。私も見習いたいものです。

 夕食後は急きょ予約したホテルへ。私の場合、対局後は興奮のため、なかなか寝つけません。悶々(もんもん)としたまま朝を迎え、仕事のため始発の新幹線で名古屋へ帰りました。お盆休みの初日で指定席も自由席も空いておらず、完全に満席状態。デッキ付近で立ったまま名古屋まで帰る道のりは長かった……。その日の仕事中、お子さん相手の指導対局で何度か意識が飛びそうになったのはここだけの内緒です。

 羽生戦から2日後、将棋日本シリーズJTプロ公式戦の福岡大会で藤井七段が公開対局に臨み、インターネット中継を見ていました。藤井七段にとっては初の和服での対局でしたが、こちらも残念ながら負けてしまいました。師弟そろっての痛い敗戦ですが、やはり切り替えの速い人が最後には勝ち残ります。次を頑張るのみです。

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 すぎもと・まさたか 1968年、名古屋市生まれ。90年に四段に昇段し、2019年2月に八段。第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。藤井聡太七段の師匠でもある。


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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