特攻隊員の思い伝える 知覧特攻平和会館、証言映像公開へ(産経新聞)

 先の大戦で、飛行機ごと敵艦に体当たり攻撃を行った陸軍特別攻撃隊(特攻隊)の出撃基地があった鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館が、約15年間にわたり撮りためてきた元隊員ら約200人の証言映像を公開する準備を進めている。現在は映像をデジタル化し、公開する内容を精査している段階で、準備が整い次第公開する。戦後74年が経過して当時を知る人が少なくなる中、戦争の実相を後世に伝える狙いがある。

 同館は平成17年から聞き取りを行い、その証言をビデオで撮影してきた。対象は元隊員や遺族、知覧飛行場に勤務していた人たち。特攻隊員が出撃する直前の様子のほか、当時の生活の様子などを子細に語っている。

 このうち4人については、23年から同館の企画展にあわせて暫定的に公開していたが、残りの映像は未公開だった。同館は「まずは全国各地にいる関係者の証言を記録することを重視していた」と説明する。

 だが、歳月が流れる中で、当時を知る生存者が減り、戦後世代が増加したことから、「伝える」ことに重点を置く方針にかじを切った。同館は30年度から残りの証言映像のデジタル化に着手。今年4月からはすでにデジタル化されていた4人の映像を常設展示した。数時間におよぶ証言もあり、今後は編集した上で展示を拡充する方針だ。

 同館の専門員、八巻(やまき)聡さん(43)は「映像は証言者が話す際の表情や身ぶり手ぶりまで記録されているため、歴史を伝える上で非常に有効な手段だ」と、その意義を強調している。

 ■「国・家族守った人忘れない」語り部の川床剛士さん

 「本物の体験をした人の言葉は重みがある」

 知覧特攻平和会館で平成12年から語り部を務めている川床剛士さん(78)は語る。

 普段は同館を訪れる修学旅行生らに特攻隊員の歴史を説明しているが、証言映像の記録のため関係者への聞き取りに同行したことがある。

 隊員の恋人だった女性の話は忘れられない。隊員が出撃前に女性に託した手紙には、こう記されていた。

 《自分の人生を真剣に考えて一日一日大事にしてほしい》

 戦後、女性は別の男性と結婚したが、夫の死後、かつての恋人の命日になると知覧を訪れた。女性は「国民はみなもみくちゃになった時代だった」と振り返り、「その上に平和な世の中があることを忘れないでほしい」と願っていた。

 川床さん自身も戦時中、技術将校だった父を亡くしている。レーダー開発などに精魂を注いだ父は、過労で倒れ命を落とした。「戦争はあってはならない」。陸上自衛隊を定年退官後に地元企業を経て語り部活動を始めたのは、そんな父の思いを伝えたいという気持ちがあったからだ。

 活動では、特攻隊員らが残した遺書などを紹介しながら、家族の絆や命の大切さを伝える。遺書には、親への感謝だったり子供への激励だったりと、それぞれの最期の思いがつづられているが、共通するのは国や家族を愛する気持ちだ。

 一方で、当時を知る人は歳月を重ねるごとに減っていく。現在同館にいる5人の語り部は、川床さん以外はみな戦後生まれ。川床さんは「日本や家族を守るため命をかけて戦ってくれたご先祖さまがいたことを忘れないでほしい。その生き方は戦後にも通じる部分があり、学ぶことがあるはずだ」と話している。(江森梓)

Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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