立皇嗣の礼 時代とともに平安から現代へ(産経新聞)

 8日に執り行われる一連の「立皇嗣(りっこうし)の礼」の中心儀式「立皇嗣宣明(せんめい)の儀」は、秋篠宮さまが皇嗣となられたことを広く内外に示す儀式だ。同様の儀式はかつて、天皇が「次の天皇」を正式指名する場だったが、皇位継承順位や関連儀式の制度が整った昭和天皇以降は、「お披露目」の機会へと変貌を遂げた。平安後期に大枠が定まったとされる儀式は、皇位継承の在り方や時代状況の変化に合わせ、形を変えながら受け継がれている。   ●宣明の儀と朝見の儀  「立皇嗣の礼」は、平成3年に行われた天皇陛下の「立太子(りったいし)の礼」を踏襲。主要儀式は宣明の儀と、陛下が宣明の儀の後、初めて秋篠宮さまに会われる「朝見の儀」の2つで構成される。新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった「宮中饗宴(きょうえん)の儀」を合わせた3儀式は国事行為として儀式の中核をなしてきた。  宮内庁書陵部が編纂(へんさん)した「皇室制度史料」によると、「立太子の礼」の原型は平安時代後期までにほぼ確立された。皇位継承順位が定まる前の古来の儀式は、時の天皇の詔(みことのり)で皇太子が立てられる場だった。平安時代前期の儀式書「貞観(じょうがん)儀式」には、御所の紫宸殿(ししんでん)南庭に親王や大臣らが並ぶ中、天皇の詔を代理人が読み上げるという、現代に通じる作法が記されている。  立太子の礼は南北朝時代以降、約300年間途絶えたが、江戸時代の天和(てんな)3(1683)年に再び挙行されてから、ほぼ同様の方式で大正天皇まで続いた。  ●「長男が継ぐ」明文化  一方、明治22年に制定された旧皇室典範で、天皇の長男が皇位を継ぐことが明文化される。42年に制定された「立儲令(りっちょれい)」に基づいて皇居・賢所で行われた昭和天皇の立太子の礼(大正5年)は、既に皇太子である昭和天皇を「お披露目」する場となった。  上皇さまの立太子の礼は昭和27年に実施。新憲法下での政教分離原則に従い、場所を皇居・仮宮殿に移した上で「宣制の儀」(現在の宣明の儀)、「朝見の儀」「宮中饗宴の儀」の3つが国事行為とされた。宣制の儀ではかつて天皇の詔を代読した宣命使(せんみょうし)に倣い、宮内庁長官が昭和天皇の言葉を代読した。  平成3年に行われた陛下の立太子の礼では「儀式の主催者(天皇)が直接、皇太子を披露する方が自然」として、上皇さまがお言葉を述べられ、陛下が決意表明される形に改められ、今回に引き継がれている。

Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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