虐殺された大杉栄、没後100年に最後の墓前祭 支えた人たちの願い

 関東大震災の混乱に乗じて憲兵将校に虐殺された無政府主義者大杉栄(1885~1923)の命日となる16日、静岡市内で最後の墓前祭が営まれる。言論が弾圧された歴史の実相を埋没させず、大杉の思いを語り継ごうと静岡県内の歴史研究者ら有志が足かけ半世紀もの間、手弁当で受け継いできたが、没後100年を節目に終止符を打つ。(床並浩一)

 大杉は地震発生から半月後の1923年9月16日、内縁関係の伊藤野枝と居合わせたおい橘宗一とともに、東京にある自宅近くで憲兵大尉の甘粕正彦らに連行され、3人とも虐殺された。遺体は全裸にされ、憲兵隊本部構内の古井戸に投げ捨てられた。大杉は38歳、伊藤は28歳。巻き込まれた橘少年は6歳だった。

 遺体は大杉の実弟に引き取られ、遺骨は生前の活動拠点「労働運動社」に運ばれたが、右翼団体員に強奪されるなど曲折を経て翌24年5月、妹夫妻が住む静岡市内の共同墓地(現・沓谷霊園)に埋葬された。

墓碑には荒畑寒村の追悼文

 コンクリート製の墓石は「ア…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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