鳴かせてみるか、鳴くまで待つか ダークマターを訪ねて

村山斉の時空自在〈6〉

 姿の見えぬお母さん、「ダークマター(暗黒物質)」をたずねる研究が熱を帯びている。

 学校では「万物は原子でできている」と習ったのに、宇宙の物質の8割以上は原子ではなく正体不明のダークマターで、この重力のおかげで星や銀河、私たちが生まれた。ダークマターは小さな「素粒子」ではないかという説が有力だ。太陽さえも簡単に突き抜けるニュートリノのように、ほとんど反応しない小さな粒というわけだ。

 だとすると、ダークマターは私たちの周りを飛び回っていることになる。捕まえて会えないだろうか。ニュートリノの時と同じように、地下に潜って邪魔されない静かな環境でじっと待つ。「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥(ほととぎす)」。いわば徳川家康流。こうした研究が世界中で進んでいる。静かとはいえ雑音と闘い続けるのは大変だが。

 一方、「鳴かせてみせよう」という豊臣秀吉流もある。ビッグバンでできたのなら、私たちも再現して作ってみよう。そのためには巨大なエネルギーが必要だ。欧州にあるLHCという全周27キロの粒子加速器で探し続けているが、まだ見つからない。将来の国際リニアコライダーに期待がかかる。

 時代は平成から令和へ。実は先月即位された天皇陛下に2009年春、園遊会でお会いし、このダークマターの話をしたことがある。参加者2千人に2時間でごあいさつされるから、1人約4秒。こちらは「疾(はや)きこと風の如(ごと)し」の武田信玄流か。上皇后美智子さまから仕事内容を聞かれ、私は「宇宙の95%は正体不明です。暗黒物質がないと私たちは生まれなかったのです」とお伝えしたら、とても驚かれた。

 その夜、科学者一家の皇室でダークマターが話題になったと信じている。謎解きを報告できる日が来ることをひそかに夢見ている。

◆村山斉

 むらやま・ひとし 1964年生まれ。専門は素粒子物理学。カリフォルニア大バークリー校教授。初代の東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長を務めた。


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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