黒木瞳さんがドラマで伝えたかった沖縄戦 「同じ日本人だからこそ」

 2003年の「さとうきび畑の唄」、09年の「白旗の少女」と、沖縄戦を舞台にしたドラマに出演した俳優の黒木瞳さん。出身地の福岡から被爆地の長崎、広島が近いこともあり、幼い頃から戦争について関心を持っていたといいます。6月23日は20万人以上が犠牲になった沖縄戦の戦没者らを悼む「慰霊の日」。復帰50年となる節目だからこそ、私たちは沖縄戦を通して命の大切さをあらためて考えていく必要があると語りました。

――今まで、沖縄戦を舞台にしたドラマに出演されてきました。

 「私は戦争を経験していないので、過去のことだと思っていたところがあります。でも(出演を通して)『実際に起きたことなんだ』と痛いくらいに知ることになりました。

 (被爆地の)長崎、広島は、出身の福岡県から近いこともあり、行ったことがありました。戦争については『人ごとではない』と小さい頃から関心を持っていました」

――もともと沖縄戦についてはよく知っていたのですか。

 「沖縄戦についてはそれほど学校で習ったことはありません。例えば、1945年4月に沖縄本島に米軍が上陸したとか、当時の人口の4人に1人が亡くなったとか。『集団自決』があったこと、ひめゆり学徒隊のことなどを、撮影の中で詳しく学びました。

 『さとうきび畑の唄』の撮影はとても暑くて大変でした。石垣島のさとうきび畑の中で出産するシーンを撮りましたが、島の人も全く外に出ないような暑さで、撮影隊しか歩いていません。沖縄戦の時も、こんな暑さや雨の中、沖縄の人たちは懸命に逃げたのだろうと感じました」

――ドラマに出演して感じたことはありますか。

 「沖縄の人たちと触れ合うと、あまり沖縄戦のことを話したがらないのかもしれない、と感じることがあります。封印したいくらい、つらい出来事だったのではないでしょうか。

 経験していない私は、根っこにある痛みは共有できません。でも、ドラマに出演させていただいた者として、戦争の事実を伝えていくことはできます」

――印象に残っているセリフやシーンは。

 「台本を久しぶりに引っ張り…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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