落語家の桂福丸(42)がこの夏、オンライン親子寄席に取り組む。2児の父でもある噺家(はなしか)が、コロナ禍の夏休みを過ごす子供たちに届けたい思いとは。 小学生で落語と出会う 神戸市出身。市立本山第二小学校に通っていたころ、学校の図書館にあった「子ども寄席」の本で落語にはまった。頭の中で、自由にイメージを広げられる世界の楽しさ。載っている噺を音読してはカセットテープに録音した。 拡大する小学生のときに落語「青菜」を覚えてしまい、友だちに聞かせていた=2020年7月6日、大阪市北区、金居達朗撮影 当時、爆笑王として活躍中だった桂枝雀のテレビ番組「枝雀寄席」も見ていた。弟子・南光(当時はべかこ)の「青菜」に笑いころげ、何度も聴いては友だちに聞かせるほどだった。「『青菜』は完全に一席覚えました。これ面白いよって、やってたんです」 進学先は灘中学 だが、中学受験に向けて進学塾に通ううちに、いつしか気持ちは落語から離れていった。灘中学に進学後は硬式テニスに夢中となり、「落語が好きだったことも忘れていました」。 拡大する端正でいて、親しみやすい高座が持ち味だ=2020年7月6日、大阪市北区、金居達朗撮影 灘高の1年の冬、阪神大震災が起きる。自宅マンションは半壊し、テント暮らしを余儀なくされたことで、笑顔の大切さを思い知らされた。「しんどい時にしんどくするのではなくて、無理にでも笑えば、元気が出る。勇気がわく」 京大出て模索の末に その後、高校の行事でお笑いの舞台を経験。ステージに立つことに興味を抱いた。現役合格した京都大学法学部を2001年に卒業してからは、アルバイトをしながら吉本興業のお笑い芸人の養成所に通ったり、英語落語に取り組んだり。自分の生きる道をじっくり探し、28歳で落語の世界へ飛び込んだ。 上方落語の四代目桂福団治に弟子入りしたのは2007年2月のこと。17年度には文化庁芸術祭新人賞を受賞した。入門は遅くても順調な歩みだったはずが、新型コロナウイルスで一転。落語会は次々と中止に追い込まれ、思いがけない試練に見舞われた。痛感したのはフリーランスの厳しさ。しかし、そこから新たな挑戦を始めた。 拡大する自身も小学生と幼稚園児の2児の父親=2020年7月6日、大阪市北区、金居達朗撮影 コロナ禍で始まった挑戦 3月、休校中の子どもたちに向けてYouTube(ユーチューブ)で落語を配信。5月には噺家仲間たちとZoom(ズーム)(オンライン会議システム)を使った有料の配信落語会を始め、画面越しに笑いを届けた。そして生の舞台を見たくても、そもそも行けない人の多いことに気がつく。幼い子供たちやその親もそうだ。…
4 ans Il y a