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東京のインフルエンザ患者報告数が注意報レベルに – 過去5年間で最も早く基準値を超過(医療介護CBニュース)

 東京都のインフルエンザ患者報告数が注意報の基準値を上回ったことが11日、東京都感染症情報センターが公表した感染症発生動向調査の週報(ウェブ版)で分かった。注意報の基準値に達した時期は、過去5年間で最も早い。【新井哉】 週報によると、2日から8日までの週の定点医療機関当たりの患者報告数は、前週比約1.7倍の10.36人で、注意報の基準値(10.0人)を超えている。 保健所管内別では、文京が20.0人で最も多く、以下は、目黒区(16.25人)、町田市(14.0人)、多摩小平(13.55人)、みなと(12.67人)、台東(12.57人)、世田谷(12.36人)、八王子市(11.56人)、多摩府中(11.53人)、板橋区(11.5人)、練馬区(11.48人)、江戸川(11.47人)、荒川区(11.14人)などの順だった。 全31保健所管内のうち15保健所管内で注意報の基準値を超えている。年齢別では、10歳未満が全体の半数超を占めている。CBnews 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

惜別と遺志継承を誓い涙…福岡で中村哲医師の合同葬 各界から供花続々(西日本新聞)

 アフガニスタンで4日に凶弾に倒れた福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の医師中村哲さん(73)の告別式が11日午後、福岡市中央区の斎場で営まれた。戦乱や干ばつで荒廃したパキスタンやアフガンで、多くの市民とともに人道・復興支援の歩みを進めた中村さん。その死を悼んで泣きはらす人や、涙を拭って遺志の継承を誓う人など大勢の人々が訪れ、白い花を手向けた。家族と同会による合同葬で、喪主は長男健さん(36)、葬儀委員長を同会の村上優会長(70)が務めた。【写真】作業現場でカメラを構える中村哲医師 護衛が常に付き添っている=2014年、アフガニスタン 祭壇には、数年前に現地で撮影された中村さんの遺影が白い菊の花に囲まれて飾られ、遺体を安置した棺にはアフガニスタンの国旗がかけられていた。祭壇には、中村さんとともに殉職した警備担当者や運転手らアフガン人の遺影も飾られた。会場の壁や入り口付近には、女優の黒柳徹子さんや歌手の加藤登紀子さん、俳優の故菅原文太さんの妻をはじめ、各界から届いた100基を超す供花が並んだ。同会は、参列者からの香典の一部をアフガン復興事業に充てるという。  中村さんは1946年、福岡市生まれ。福岡高、九州大医学部卒。84年5月に現地で医療活動を開始し、アフガン、パキスタン両国に病院や診療所を開設。アフガンで2000年に大干ばつが発生してからは、水源確保のため井戸の掘削や復旧、農業用水のかんがい事業にも取り組んだ。 03年に「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞。18年にはアフガン政府から勲章を授与され、今年10月には同政府から名誉市民権(市民証)を授与された。 中村さんは今月4日、アフガン東部ナンガルハル州ジャララバードの宿舎から、かんがい作業の現場に車で向かう途中に襲撃された。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

長門ゆずきち 料理王国100選に認定 250年の歴史、幅広く利用(スポニチアネックス)

 月刊誌「料理王国」が開催した食の逸品コンクール「料理王国100選2020」でながと物産合同会社が応募した「長門ゆずきちポン酢」と「長門ゆずきち」の2品が100選に認定された。 「長門ゆずきちポン酢」は道の駅センザキッチンなどで販売しており、今後は料理王国が運営するウェブサイトでも、通信販売が開始される予定。 「長門ゆずきち」は「柚子よりも優れた果実」として名付けられた香酸柑橘。約250年の歴史を持ち、現在では調味料や菓子などの素材として幅広く利用されている。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

「犯罪多様化で定義困難」 菅氏、反社会的勢力巡り(共同通信)

 菅義偉官房長官は11日の記者会見で、首相主催の「桜を見る会」に出席していたとされる反社会的勢力を巡り、定義は難しいとの考えを重ねて示した。「犯罪が多様化している。定義で固めることは取り締まりも含めて、かえって複雑になる」と述べた。 政府が2007年に取りまとめた指針では反社会的勢力を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団・個人」と位置付けていた。菅氏は会見で、07年に定めた集団や個人が反社会的勢力に該当するかを問われると「当然だ」と答えた。 政府は10日の閣議で「反社会的勢力の定義は困難」とする答弁書を決定した。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

「防衛省は新屋配備を断念した事実ないと回答」秋田市長明かす(産経新聞)

 地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の新屋演習場(秋田市)への配備計画をめぐり、秋田市の穂積志市長は11日、「政府が見直す方向で検討」と一部で報じられたことについて、「防衛省に問い合わせたが、新屋演習場への配備を断念した事実はないという回答をいただいた」と明らかにした。 防衛省が新屋を含む19候補地を前提なしで再調査していることについて、穂積市長は「防衛大臣も官房長官も住宅地からの距離を重要な評価課題とする発言をしたので、常識的には(住宅地が近い)新屋演習場への配備はないと思っている」と述べた。住宅地からの距離について「防衛省は(安全距離は)250メートルと言うが、(700メートル離す計画でも)住民の理解を得るのは難しく、安全性担保を一番に評価するよう防衛大臣に会って求めたい」と語った。 穂積市長は「もし防衛省が新屋配備から撤退するとすれば、候補地選定に当たり、非常に甘い認識だったと思わざるを得ない」とも指摘した。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

拾ったスマホで少女誘拐か、大阪 彼氏に成り済まし、男逮捕(共同通信)

 スマートフォンを拾って、所有者の20代男性に成り済まし、男性の交際相手の10代後半のアルバイトの少女を誘拐したとして大阪府警は11日、わいせつ目的誘拐などの疑いで、大阪府大東市住道、建設作業員前田善広容疑者(42)を逮捕した。「わいせつな行為をしたかった。少女の太ももを触った」と容疑を認めている。 逮捕容疑は9~10日、拾ったスマホを使い、男性を装って交際相手の少女と連絡を取り、わいせつ目的で自宅に呼び出して誘拐した疑い。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

TBS「グッとラック!」で前澤友作氏の特集にコメンテーターから異論「この番組は負けている。前澤さんの勝ち」(スポーツ報知)

11日放送のTBS系「グッとラック!」(月~金曜・前8時)では、ZOZO創業者で実業家の前澤友作氏(44)が公式YouTubeチャンネルを立ち上げたことを特集した。 前澤氏は先月29日の初の動画アップで「【初投稿】1000億円を記帳してみた」のタイトルで公開し、SNS上で様々な反響を呼んでいた。 この報道にスタジオでコメンテーターでライターウェブマガジン編集長の望月優太氏は「これは注目したら負けです。だからこの番組は負けていると思います」と指摘するとスタジオは笑いに包まれた。これにMCの同局・国山ハセンアナウンサーは「グッとラック!負けてる?」と聞き返すと望月氏は「負けです」と繰り返し「負けた。負けちゃったぁ~」と国山アナは苦笑いを浮かべた。 その上で望月氏は、今回の特集で「これでチャンネル登録者数が増えて前澤さんの勝ちです」と断言していた。それでも国山アナは前澤氏について「ぜひ会いたいですよね」と話すもMCの立川志らくが「会いたくない」と返された。なおも国山アナは「個人的にスタジオにきてもらってお話を伺いたいなと思います。意見ですとか反論がございましたら前澤さん、スタジオにお越しください、お待ちしております」と呼びかけていた。報知新聞社 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

ひろゆき氏、前澤氏と剛力の破局に「1000億円持っていたらそりゃ結婚したいと思いますよね。だって一生、働かなくていい」(スポーツ報知)

 11日放送のTBS系「グッとラック!」(月~金曜・前8時)では、ZOZO創業者で実業家の前澤友作氏(44)が公式YouTubeチャンネルを立ち上げたことを特集した。【写真】前澤氏、剛力彩芽のほろ酔い姿?すねてる?インスタに投稿し反響呼ぶ 前澤氏は先月29日の初の動画アップで「【初投稿】1000億円を記帳してみた」のタイトルで公開し、SNS上で様々な反響を呼んでいた。 今回のユーチューブデビューにスタジオでコメンテーターでインターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者・西村博之(ひろゆき)氏は「お金の話で有名になった人なので、有名になったんですけど事業の方にあまり力いれてなかったので会社の業績が悪くなって、ヤフーに身売りしなきゃいけなくなったっていう状態なので、お金なくなっちゃって早く事業やり直せばいいのに」と指摘していた。 一方でスタジオでは女優の剛力彩芽との破局も話題になったが、ひろゆき氏は「結婚相手が1000億円持っていたらそりゃ結婚したいと思いますよね」とし「だって一生、働かなくていいじゃないですか」と持論を展開していた。報知新聞社 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

恋愛依存の「隠れビッチ」だった女性が、自分の人生を取り戻すまで。(ハフポスト日本版)

「モテ願望」。それは、多くの人が心にこっそりと秘めているものではないだろうか。合コンでちやほやされ、多種多様な男性に告白される……。イラストレーターのあらいぴろよさんには、この「モテ」を実現し、多くの男性を翻弄していた過去がある。そんな日々を赤裸々につづったエッセイ漫画が『“隠れビッチ”やってました。』だ。 中学校の教室でモテる快感を知る 異性からモテ続けることで自分の承認欲求を満たす「隠れビッチ」。あらいさんがかつてハマってしまったのは、相手の気持ちだけをもてあそんで、体の関係は断るというゲームのような恋愛を楽しむことだった。男性に好きになるように仕向けて、最終的にはフッてしまう……。そんな、隠れビッチになったきっかけをあらいさんに聞いた。「実際に私が隠れビッチだった期間は、20代前半です。最初にモテることが気持ちいいと気が付いたのは、中学時代。思春期になり、教室内に男女の欲望が飛び交ってきます。それを最初は『うわ~、気持ち悪い』と思っていたのですが、いざ、自分に男子の気持ちが向けられたら、うれしいし気持ちがいい。この高揚感を得たいと思ったんです。ただ、学校という狭い世界で、複数の男性に好かれると、人間関係が破綻する。だから、高校を卒業してからモテようと、勝ちパターンを模索していました。」あらいさんは、いかにも男性からモテる女性という容姿ではない。チャーミングで個性的だが、服装はカジュアル。どちらかというと女子の友達が多そうなタイプだ。「男性がみんなマリリン・モンローや女性アナウンサーが好きなわけではありません。私のようなタイプを好きな男性は絶対にいる。そこにリーチする外見を分析して、パーカー、スニーカー、ショートヘア、薄メイクの清楚な女性に擬態。そして、男性を落としていました。」 寂しくて、辛くて死にそうだった 最終的に交際をしたり、体の関係にはならない。それなのに、好かれる喜びで心を満たして、次に行く……。そんな、不毛ともいえる恋愛を繰り返していたのは、なぜなのだろうか。そこには、あらいさんが育った環境という要因があったのだという。「暴力を日常的にふるう父親、そんな父を子供より優先する母という家庭環境で育ちました。ですから、人から大切にされたり、好かれることに本能的に飢えていた。やらなければ生きていけないほど、当時の私は寂しくて辛くて死んじゃいたかった。最低だと思っても止めらなかったのです。愛を常に受け取っていれば、相手の男性のことを考えたうえで『気持ちいい』とか『相思相愛になれてうれしい』とかそういう気持ちになるのですが、私は愛をくれるなら、誰でもよかった。ただ、肉体関係にだけはならなかったのです。」不安定な家庭で育ったことが原因で、依存的に体の関係を結んだり、「ダメ男」の言いなりになって抜け出せない女性も多い。逆に、あらいさんがそうならなかったのは、なぜだろうか。「私の父は、妻や子供に対して、殴る蹴るの暴行を繰り返していました。ただ、そんな父に耐えられず、母は一時的に離婚。5年間別居していたのです。この3歳から8歳までの期間は、兄2人と母と一緒に本当に幸せな毎日を過ごしていました。ただ、お金がなく暖房もつけられないほどの貧乏生活。それでも、とても幸せだった。この時期があったから、クズ男を判断し拒否できたのでしょうね。」男性を年収や勤務先などスペックで見る女性もいる。しかし、隠れビッチだった自分はそういうタイプではなかった、とあらいさんは振り返る。「ブランド品やリッチな生活、食事などに興味はありませんでした。ただ、私はスペックではなく愛を求めていたのです。母と生活した5年間で、お金は何とかなると思っていたんです。それよりも私は愛が欲しかった。私の白馬の王子様は、際限なく私を受け入れてくれて、私を愛してくれる男性です。もちろん、そんな人はいませんから、告らせてフッて傷つけることを繰り返す。男性に好きと言わせることが大切で、踏み込むことは怖い。そういう形の恋愛しかできない私は、愛を求めることに必死でした。」とはいえ、人には性的な欲望もある。なぜ、セックスをしなかったのだろうか。「もちろん、人肌が恋しいことはありましたが、それよりも嫌悪と恐怖がありました。嫌悪の根源は、父に性的な目で見られたことにあります。これはどうしようもなくイヤでした。恐怖は、性感染と妊娠のリスク、そして、セックスをしてしまうと、口説かれなくなるということです。男性は、肉体関係を持った女性をちやほやしなくなることはわかっていたんです。」あらいさんが、隠れビッチを辞めたのは、23歳のときにある男性を好きになったことがきっかけだったという。「モテ」を貪る生活。それを終えることができたのは、夢を追いかける男性と対照的な自分の姿を目の当たりにし、「ちやほやされる」よりも確かな手応えを感じることができるようになったからだという。「相手は美容師になるという夢があり資格を取得し、就職先も決めて自分の人生を歩み始めていました。一方、私はイラストレーターになりたいと思いつつ、バイトに明け暮れて、ひたすら、ちやほやされることを追求する毎日を送っていたのです。彼と私の差は、日に日に広がっていく。一緒にいるからこそ、それがよくわかり、とても辛かった。そこで、私も夢に向かって進もうと、専門学校に入ったのです。自分の道を歩むうちに、自分を乗りこなせるようになり、ちやほやされるよりも、自分の力が付く手ごたえを、気持ちいいと思うようになったのです。」 次ページは:隠れビッチを経て母になる 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース

笹子事故遺族、現場で献花 「人生奪われ、今も残念」(共同通信)

 2012年に9人が死亡した中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故の遺族らが11日未明、トンネル内の現場を訪れて献花した。長女玲さん=当時(28)=を亡くした松本邦夫さん(68)=兵庫県芦屋市=は「時間をかけて娘をしのぶことができ、ありがたい。凄惨な現場だったことを思い出し、娘の人生が奪われたことは今でも残念でならない」と語った。 トンネル内の換気設備工事で中央道の一部区間が通行止めになったことから、時間をかけての追悼が実現した。遺族は毎年、事故があった12月2日の慰霊式に合わせて現場に入っていたが、短時間で献花や黙とうをしていた。 【関連記事】 Source : 国内 - Yahoo!ニュース