視聴率調査を手がけるビデオリサーチは1月10日、「2019-2020年の年末年始の主な番組」について、日本全国でリアルタイムで見た「番組視聴人数」の推計を発表した。 調査の定義は「4才以上で1分以上番組を視聴した人」で、一度チャンネルを変えてもう一度元の番組に戻ってきたようなケースは重複して数えていないという。 紅白歌合戦は? 2019年大みそかの「第70回NHK紅白歌合戦」(NHK総合)の平均世帯視聴率は37.3%(関東地区、午後9時からの165分間分)。 ビデオリサーチの推計によると、番組を見た人は5800.5万人だという。 大みそかのほかの人気番組はどうだったのか? 「ガキの使い!大晦日年越しSP絶対に笑ってはいけない青春ハイスクール24時!第2部」(日本テレビ系)は3863.2万人。「ジャニーズカウントダウン2019-2020」(フジテレビ系)が、1952.9万人。 箱根駅伝は? お正月の定番番組といえる「箱根駅伝」はどうだったのか。 1月2日に放送された「第96回東京箱根間往復大学駅伝競走往路」(日本テレビ系)は4527.1万人が見たと推計される。復路の様子を放送した3日は、4811.3万人だった。 そのほかの年末年始の話題の番組はどうだったのか? 12月30日放送の「アメトーーーーーーーーーーク!年末5時間SP」(テレビ朝日系)は4076.4万人。同じく30日放送の「第61回輝く!日本レコード大賞」(TBS系)は3389.7万人だった。 湊彬子/Akiko Minato 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
視覚障害男性ひかれ死亡 駅ホームから転落(FNN.jpプライムオンライン)
FNN.jpプライムオンライン 11日未明、東京・荒川区のJR日暮里駅で、視覚障害がある男性がホームから転落し、電車にひかれ、死亡した。 午前1時前、JR日暮里駅のホームで森政和さん(53)が線路に転落し、駅に入ってきた京浜東北線にひかれ、死亡した。 森さんは視覚障害があり、白いつえを持っていたということで、誤って転落したとみられている。 駅には、ホームドアは設置されていなかった。 FNN 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
海上自衛隊の哨戒機がジブチに出発 中東で情報収集へ(FNN.jpプライムオンライン)
FNN.jpプライムオンライン 中東情勢の緊張が続く中、安倍首相は11日午前、中東3カ国を訪問するため、政府専用機で羽田空港を出発した。 こうした中、中東地域への派遣命令が出された海上自衛隊のP-3C哨戒機の部隊が11日午前、沖縄県の那覇基地から、拠点となるジブチに向けて出発した。 河野防衛相は「諸君は、この(中東地域への派遣)意義を十分に自覚し、各国部隊や国際機関と緊密に連携し、勇気と誇りを持って任務に精励してください」と述べた。 河野防衛相は、出発前に行った訓示で隊員を激励するとともに、派遣の意義を強調した。 このあと、P-3C哨戒機2機は、家族らが見守る中、午前11時すぎに沖縄県の那覇基地を出発した。 アフリカ東部のジブチを拠点に、2009年から行っている海賊対処の警戒監視に加え、20日から日本に関係する船舶の安全確保のための情報収集も行うことになる。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
秋田市内は雨から雪に変化 一週間ぶりの積雪1cm(ウェザーニュース)
昼頃から雨が降り出してきた秋田市内は、活発な雲が進んできた13時過ぎから気温が急降下し、雪へと変化してきました。湿った雪がドカドカと降り、14時の積雪は1cmを観測。秋田市で1cm以上の雪が積もるのは、4日(土)以来、一週間ぶりのことです。 夕方から夜にかけて秋田では雪の降りやすい状況が続き、さらに積雪の増えるおそれがあります。三連休の初日ということで車で移動をする方は、路面状況の変化に十分ご注意ください。 ウェザーニュース 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
「はっしゃー」最初に告げた駅長 東北新幹線と歩む人生
朝の新青森駅ホームは、風が冷たかった。 2010年12月4日、午前6時31分。駅長の赤坂光広さんはホームに立ち、右手をまっすぐ高く挙げた。 「はっしゃー」の声で、上りの一番列車「はやて12号」が動き出す。八戸―新青森駅間が開業、東北新幹線の全線がつながった瞬間だった。 赤坂さんは当時、56歳。ホームの寒さと「右手を挙げるのがちょっと早くて、そのままの姿勢が長くなった」ことが今も記憶に残っている。 八戸市生まれ。八戸工業高等専門学校の機械工学科で学び、1974年に国鉄に入った。東北新幹線の整備計画が決定されて間もない頃だった。JRの関連会社の役員などを務め、2019年6月に退職するまでの赤坂さんの日々は、鉄道をめぐる環境の変化や東北新幹線の開通と深く関わり続けた足跡でもある。 ディーゼル車や機関車の検査、修繕から始め、機関士として貨物車や客車の運転もした。運行を管理する列車指令(現在の輸送指令)などを経て、盛岡鉄道管理局の総務部人事課に異動した。 4年後の1985年秋に国鉄の分割民営化が閣議決定され、要員計画作りや労働組合との交渉にあたった。余剰人員、希望退職、広域異動、転職支援……。ただただ忙しかった。 国鉄マンたちが記した意思確認書を本社に提出するため、同僚2人とともに寝台列車で上京したこともある。まだパソコンがなく、書類が何より大切だった時代。「1枚でも紛失したら大変。寝台でも寝ることなんてできなかった」 92年の異動で岩手県内の二戸駅長に。初めての駅長勤務だったが、2年ほどで盛岡支社の企画部門に移る。新幹線の開業にともなって経営分離されることになる、盛岡以北の並行在来線の事業が待っていた。 新幹線と在来線の両方を持つのは難しいと説明しても、地元にはどうしても「どうして私たちのところは第三セクターなんだ」という思いがくすぶる。地域の意向と会社の事情との間で、調整に追われた。 2002年12月1日、東北新幹線の盛岡―八戸間が開業。故郷の八戸まで新幹線が延びた日だったが、赤坂さんは開業の瞬間は見届けていない。同じ日、JRから引き継いだ岩手県の第三セクター「IGRいわて銀河鉄道」の式典を見守っていた。 その後、岩手県の一関駅長や青森駅長を経て、八戸―新青森駅間の新幹線開業まであと1カ月となった2010年11月初め。新青森駅長への異動を内示された。 地元の八戸への延伸のときは、新幹線ではなく並行在来線の仕事。そうかと思えば、東北新幹線が全線開通する日を駅長として迎えることになった。「不思議なめぐりあわせだな、って」。国鉄に入ってから、36年が過ぎていた。 国鉄の分割民営化、東北新幹線… 【1/15まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
鍋総入れ替えで台所革命 岸本葉子さん、シニア期に備え
暮らしや旅を題材にした随筆を数多く発表しているエッセイストの岸本葉子さん(58)は、このところ家の台所回りを見直しています。でもそれでいて「料理に自信はないし、普段は面倒くさいと思いつつ作って食べている」のだそう。ではなぜ台所に心を配るのか。そこにはエイジングに向けた心構えがあると話してくれました。 家事の省力化を図った 3年前に自宅をリフォームし、台所に自分の身長に合った高さの調理台を入れました。つり戸棚は手元に引き寄せられる可動式に、鍋が入る大きさの食洗機も備え付けました。来たるべきシニア期に備え、家事の省力化を大きく図ったのです。 それに続く道具類の見直しで、昨年、家の鍋を総入れ替えしました。それまでのものは20年あまり使い続けてコーティングもはげ、自分の加齢のせいか重さも苦になってきて、一新を図ったのです。色々探してみて見つけたのが、「ビタクラフト アリゾナ」でした。 アルミニウムとステンレスの多… 【1/15まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「ずっと忘れない」阪神・淡路大震災追悼、竹灯籠づくり
阪神・淡路大震災の追悼行事で使われる竹灯籠(どうろう)づくりが11日、神戸市北区のあいな里山公園であり、市民や地元の中高生らが参加した。約500本作られる見込みで、17日に同市中央区の東遊園地である「1・17のつどい」で並べられる。 参加者は震災の犠牲者らに黙禱(もくとう)を捧げた後、作業を始めた。竹をノコギリを使って切り、「忘れない」「明るい未来」「願い」などと筆で書き入れた。 「明日へ」と書いた兵庫県立神戸鈴蘭台高校2年の上野結稀(ゆうき)さん(17)は「震災から25年になっても、被災した方は当時のことをずっと忘れないと思う。自分は震災を経験していないけど、記憶を受け継いでいきたいという思いを込めた」と話した。 「1・17のつどい」では、各地で作られた竹灯籠計約5千本などが「きざむ 1・17」の文字に並べられ、火がともされる。(川嶋かえ) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
eスポーツで不登校を克服 大阪の通信制高校(産経新聞)
ゲームで社会性を身に付け、不登校を克服しよう-。大阪の通信制高校がコンピューターゲームの腕前を競う「eスポーツ」を通じ、不登校や引きこもりになった生徒らの社会復帰を後押ししている。eスポーツを学ぶ新たなキャンパスも昨年4月に開校。悩みを抱えた生徒らの入学希望が増加し、関係者は「eスポーツが生徒らの希望になっている」と話している。 「ナイスナイス!」「ドンマイ、まだいけるよ!」。ゲーム用の高性能パソコンが40台並ぶ、ルネサンス大阪高等学校の新施設「梅田eスポーツキャンパス」(大阪市北区)。チームに分かれてeスポーツに打ち込む生徒らは、互いに声を掛けながらゲーム攻略に夢中になっていた。中には、いじめや人間関係が原因で、過去に不登校や引きこもりになった生徒もいる。 同校が全国の高校で初めてのeスポーツコースを開設したのは、一昨年4月。昨年には新キャンパスができ、悩みを抱える生徒の入学希望が増加。来年度は定員の3倍以上の応募が寄せられており、オープンキャンパスや授業見学に訪れる生徒や両親も後を絶たない。 現在、コースに通う生徒は1~3年の計約50人。授業は週2回で、教材となるのはeスポーツに採用されている戦略ゲームや格闘ゲームだ。中でも授業で扱われる頻度が高いのが5対5のオンライン対戦ゲーム。キャラクターを操作して陣地を取り合うゲームで、チームワークを駆使して戦うことが求められる。このため、eスポーツを通じてコミュニケーション能力や協調性など日常生活に欠かせない社会性を身に付けることができるという。 また、同校ではeスポーツの授業と並行して英会話や心理学の授業も実施している。 生徒らもeスポーツを通じて積極的に登校するようになるなど、少しずつだが立ち直り始めている。中学1年時に人間関係が原因で引きこもりになった大阪府東大阪市の男子生徒は「人間関係を構築するのが苦手だったが、人と関わる楽しさを知った。引きこもりのときのストレス発散の道具で逃げ道でしかなかったゲームが、今では自分の希望」と説明する。いじめが原因で1年半以上不登校だった兵庫県川西市の女子生徒は「大学に進学するか、eスポーツに関わる仕事に就くために専門学校に行くか。毎日わくわくしながら悩んでいる」と目を輝かせた。 同校の福田和彦部長は「生徒らにはeスポーツで自信を取り戻してもらい、将来は社会で活躍する人間に成長していってほしい」と話している。(宇山友明) 不登校や引きこもりの社会復帰を後押しする一方、eスポーツは過度なプレーが未成年者のゲーム依存を助長する危険性があるとも指摘されている。昨年5月には世界保健機関(WHO)が「ゲーム障害」を疾病と認定。普及に向けて逆風が吹く中、ゲーム依存を防止するための研究を行うeスポーツ団体も現れた。 昨年7月に関西の学生らで結成された「学生e-sports連盟」は、大学間の大会を企画する一方、京都大大学院医学研究科の村井俊哉教授の協力を受けながらゲームによる健康被害についての研究を実施。ゲーム依存を未然に防ぐ方法と、依存症を発症している未成年者が社会復帰をするための手段が現在の研究テーマだ。今後はゲーム障害を予防するための制度設計にも取り組む予定で、小澤行央副理事長は「eスポーツがネガティブなものに捉えられないように、研究を進めていきたい」と話した。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
将棋棋士志した息子の生きた証 宝塚市に震災の追悼碑(産経新聞)
阪神大震災で118人が亡くなった兵庫県宝塚市で、犠牲者の名前を刻む「追悼の碑」が建立される。平成26年に設置計画を立てたがその後進まず、遺族が待ち望んだ6年越しの実現。将棋棋士への道半ばで17歳で命を絶たれた息子が生きた証しを残し、家族の元から離れて暮らした宝塚を第二の故郷に、と願う母の思いが計画を後押しした。(木ノ下めぐみ) 【写真】「追悼の碑」設置場所 「息子の口癖は『いつもお母さん僕のためにありがとう』だった。あの子のためにしてあげられることが名を刻むことだと思った」 震災で次男の隆文さん=当時(17)=を亡くした船越明美さん(72)=福岡県=はこう話す。 宝塚市は6年前、犠牲者の遺族に意向を聞き、碑の計画に乗りだした。賛同した市民から寄付が集まるものの、意見がまとまらず計画は頓挫しそうになったところ昨年2月、中川智子市長に宛てに手紙が届いた。 この手紙を送ったのが船越さんだった。 隆文さんはプロ棋士の養成機関の関西奨励会(大阪市)に入会し、親元を離れ師匠の森信雄七段(67)=平成29年に引退=が暮らす宝塚市に身を寄せていたが、住んでいたアパートが倒壊し、亡くなった。 この直前、隆文さんは対局で勝ち始めたころだった。「本人も手応えを感じ始めていた矢先。見守り続ければ堅実な手を指す良い棋士になると思った」(森さん) 隆文さんの死後、夢に向かって濃密な時を過ごした息子の思い出の地を何度も訪れた。森さんの門下生の活躍を聞けば、「皆と一緒にあの子も頑張っているような気がして、将棋の中に生き続ける隆文さんに会えるような気がした」。 そんな中、隆文さんが暮らしたアパートの跡地に、新たな住宅の建設が決まった。「今後どこに手を合わせればいいのか」。思い悩んだ末、市長へ宛てて筆を執ったことが、新たな鎮魂の場につながった。 同市郊外の「ゆずり葉緑地」には、すでに震災の犠牲者を悼む慰霊碑が建てられている。今回の追悼の碑はこの隣に設置され、遺族が希望した72人の犠牲者の名が刻まれる。 震災から25年となる17日に行われる除幕式には船越さんと、森さんも参加する予定。映画『聖(さとし)の青春』で知られ、夭折(ようせつ)した村山聖九段ら大勢の弟子を持つ森さんは、隆文さんについて「棋士は日々の積み重ねが物を言う世界。派手さはなくとも、やり抜く素質を持っていた。生きていたら頼もしい棋士になっただろう」と語る。 船越さんは市長への手紙にこう思いをつづっていた。「これからも将棋の道をこの宝塚で歩ませてあげたい。(中略)宝塚が隆文にとって将棋のふるさとになりますように」。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
災害の抑制にも!? 人工林率全国一の佐賀県で、若き林業従事者が「木育」に取り組む理由<前編>(FNN.jpプライムオンライン)
佐賀市中心街から車で約1時間。森林に囲まれた佐賀市富士町に「木育」に取り組む若者がいる。豆田勇介さん、24歳だ。 【画像】こんなにひどい災害も…今必要とされる木育の大切さ 「木育」とは、木を使ったものづくりを通して、森や木と人の関わりについて考え、伝えていく取り組みのこと。豆田さんは、地元の建築会社で働きながら、木育を行う熊本の団体に所属し、活動している。 豆田さんは林業をするために、現在研修中の身。山仕事をしていた父親に憧れ、その背中を追いかけた。若者の林業離れが問題視される中、なぜ豆田さんは林業に従事しようと思ったのか。また、なぜ木の大切さを次世代に伝えたいと考えるに至ったのか。 その背景には、かけがえのない家族への思い、趣味のチェンソーアートを通して感じた願いがあった。 前編では、豆田さんが木育と出会うきっかけになったチェンソーアートについて、そしてその裏にある間伐の問題について追う。 木とふれあい、木から学び、木と生きる「木育」 「食育」という言葉が定着し、「読育」や「水育」といった「〇〇育」が続々と提唱されている。その中のひとつ、「木育」をご存じだろうか。 木育とは、2004年に北海道で提案された教育概念。「木」とふれあい、「木」から学び、「木」と生きる取り組みだ。 佐賀県佐賀市富士町。佐賀市の中心街から車で約1時間の距離に位置するこの町に、木育に取り組む若者がいる。豆田勇介さん、24歳だ。 豆田さんは、木育を推進するボランティア団体「全国ものづくり塾」に所属している。全国ものづくり塾の拠点は、熊本県・植木町。設立して17年ものあいだ、ものづくりを通して、環境問題に取り組んできた。 なかでも、力を入れているのが、木育だ。「ものづくりはひとづくり」をテーマに、「木」に関連するイベントや講座を開催。独自に教材を開発・製作し、子どもから高齢者まで広い世代に向けて、ものづくりをしながら、ともに考える機会を持ってきた。 全国ものづくり塾総局の総局長・原嶋友子さんは、その狙いをこう説明する。 「木を使ったものづくりを体感してもらうことによって、木や森林、山の大切さを知ってもらいたいと思っています。木や森に関する知識があれば、災害の抑制にもつながっていきますしね」 全国ものづくり塾による木育への取り組みは全国に広がっており、その体験者は年間およそ5万人にも及ぶという。 若干24歳ながら、豆田さんは佐賀支部の塾長という大役を担い、指導者の一人として活動している。 例えば、自分の卒園した保育園での「木育」イベント。園児たちが木を切ったり、とんかちでたたいたりして、おもちゃを作る補助をしながら、木との原体験を作る狙いがある。木の端材を利用したキットでおもちゃづくり。初めてのこぎりを使うという園児たちがほとんどだ。 小さな後輩たちが木に触れる姿に、豆田さんは「子どもでも、やればできるということを学んでもらいたいなって思います。作る楽しさを知ってもらえれば」と思いを語った。 「別の支部でも豆田くんと年の変わらない若い塾長さんたちがいます。いつかは世代交代しないといけない時期が来るので、若い人たちに勉強してもらって、木育の取り組みを次世代につなげていってもらえればなあと思っています」(原嶋さん) 次ページは:“世界一危険”といわれる芸術「チェンソーアート」 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース