川辺真改2022年2月27日 9時33分 福井県勝山市のスキー場「スキージャム勝山」の利用客でスノーボードをしていた男女4人が26日にコースの外に出て遭難した事故で、福井県警は27日朝、残る男性2人を県警のヘリコプターで救助し、全員の救助を完了した。男性2人は同市内の病院に搬送されたが、いずれもけがはないという。 勝山署によると、27日午前6時15分ごろから県警や消防が約25人態勢で救助活動を再開し、遭難した場所付近にいた男性2人を発見。午前7時ごろまでに2人を救助した。 4人は大阪府内に住む30~40代の男女で、スノーボードをしていたとみられる。26日午後4時ごろ、スキー場から勝山署に通報があり、県警が捜索を開始。石川県の防災ヘリコプターが4人を発見し、同午後5時35分ごろに大阪府内の30代の女性2人を救助。2人にけがはなかった。その後、日没のため残る2人の救助活動を中断していた。 同スキー場では1月にも利用客4人がコースの外に出て遭難し、救助された。(川辺真改) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
アサリ産地偽装問題 熊本県北部の漁協、干潟貸して「レンタル料」
外国産アサリの「熊本県産」偽装問題で、有明海に漁業権を持つ県内漁協の幹部が取材に応じ、輸入アサリを一時保管する蓄養業者に、干潟を有料で貸していたことを明かした。国や県、漁業関係者も、蓄養しても熊本県産と名乗れないことを認識しながら、偽装の温床となる仕組みが慣習として続いてきた。 熊本県北部の有明海沿岸。日没前は夕日が干潟を照らし、写真を撮りに訪れる人も少なくない。だが足元を見渡すと、大量の二枚貝の死骸が折り重なり、割れた茶わんが顔をのぞかせる。 この周辺で共同漁業権をもつ漁協幹部が取材に応じた。水が引くと目の前に広がる広大な干潟について、漁協がアサリの「蓄養場」として業者に貸してきたことを明らかにした。幹部は、有明海沿岸の干潟で長年続いてきた「慣習」を語った。 中国などと取引がある問屋から、地元の蓄養業者が輸入アサリを受け取ると、干潟に広くまき一定期間、蓄養する。漁協はこうした蓄養業者と契約し、干潟を一定期間貸す代わりに漁場の「レンタル料」を受け取っていたという。 この幹部は、干潟の貸し借りが始まったきっかけは詳しく知らないが、「20年ほど前から始まったはず」と打ち明けた。 有明海に輸入アサリを一定期間まく蓄養は通常、出荷調整や貝の選別などのために行われる。だが、単に蓄養しただけでは輸入アサリを「熊本県産」に書き換えることはできない。 食品表示基準では、輸入した子牛や稚魚を、国外での生育期間より長く国内で育てれば、国産と称することができるという考え方(いわゆる「長いところルール」)がある。 輸入アサリを「熊本県産」と表示するには、このルールに従うしかない。しかし、漁協幹部は「アサリに当てはまるとは思えない」と話した。 その理由について「アサリは、稚貝になる前のプランクトンみたいな小さい赤ちゃんが、商業ベースにのるまで成長するのにだいたい1年半かかる」と説明。仮に、ルールが適用されるほど長く蓄養しようとすると「業者には相当な労力がかかる」とし、現実的には考えにくいと話した。 農林水産省も、有明海でのアサリの蓄養は「仮置きとみており、ルールは成り立ちにくい」(担当者)と説明する。 農林水産省の調査で、熊本県での漁獲量よりはるかに多い「熊本県産」アサリが流通していたことが分かっている。本来、外国産と表記すべきアサリを「熊本県産」へとごまかす手段の一つとして、蓄養が使われていた疑いは強まっている。 取材に応じた漁協幹部は「ど… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
投稿された部落の写真、さらされた住所 水平社宣言100年たつのに
「うちの近くに来る恐れもあるんやな」 香川県内の被差別部落に住む川田和代さん(54)は気味が悪くなった。 昨春、瀬戸内海のある島の部落の写真がSNSに次々とアップされた時のことだ。 2日間にわたって計35枚ほど。歴史の研究や散歩を思わせるハッシュタグが添えられ、生活環境整備や生活支援、教育支援などを進めた国の同和対策事業で建てられた住宅などを撮影し、駐車している車のナンバーが読めるものもあった。 不安には理由があった。 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる水平社宣言から100年。日本初の人権宣言と言われ、社会のあらゆる人権問題の克服に向けた原点となってきました。誰にも潜みうる差別の心を溶かす「熱」と、すべての人を等しく照らす「光」を手にできるのか。人間の尊厳を重んじる宣言の精神を改めて見つめます。 夫の博士さんは、部落解放同盟の県連執行委員長だった。2016年1月に病気で亡くなった約2カ月後、夫の役職と氏名、現住所がインターネットに出ていると県連から知らされた。解放同盟関係者としてネットに個人情報をさらされた役員らに、削除を求める裁判の原告になるか、意向を問う連絡だった。 同年4月、解放同盟と同盟員らが川崎市の出版社と経営者らを相手取り、部落地名リストの出版差し止めと個人情報の削除などを求めて東京地裁に提訴した。 「隠す必要もないけれど、第三者が勝手にネットにさらすのはおかしい」。迷わず原告団に加わった。 その年の7月の第1回口頭弁論から、コロナ禍の前まで計7回、東京地裁で開かれた公判の傍聴に足を運んだ。 覚悟はしていたが、その間に自分の名前もネットに出された。 新幹線で片道5時間半かけて行っても、15分で閉廷することも。 それでも、なぜそんなことをするのか、知りたかった。 被告側は、歴史研究の資料だとして「差し止めは学問の自由を侵害する」などと主張してきた。部落の地名は、同和対策などに関連して行政や解放同盟が何度も公開してきた、とも訴えた。自身らの行為が原因で「人は死んでいないし、魂も壊れていない」とツイッターに書いたこともある。 川田さんは陳述書にこうつづった。 「本人が部落のことを理解し、自分の出身を重要な他者に伝えていこうとすることと、一方的に暴かれることは全く意味が異なります」 裁判で闘うことを決意した川田さん。差別を後世に残さないため、運動を続けています。記事の後半では、差別的な書き込みを監視する県職員が、苦しい胸の内を明かします。 昨年9月の東京地裁の判決は… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
武装闘争、逃走…そしてあさま山荘へ 攻防219時間、テレビ中継
2022年2月27日 7時00分 過激派グループ「連合赤軍」による「あさま山荘事件」は50年前の1972年2月19日に起き、28日までの10日間に及んだ。 2月19日午後3時半ごろ、連合赤軍メンバー5人が長野県軽井沢町の保養施設「あさま山荘」に侵入し、管理人の妻(当時31)を人質に立てこもった。警察は1500人以上の態勢で建物を包囲。グループは警察部隊にライフル銃や猟銃、拳銃を乱射し、手製爆弾も使った。 警察は28日午前10時から強行作戦を開始。クレーン車につった鉄球で壁を破壊し、放水などを繰り返す中、機動隊員が建物に突入した。激しい攻防の末、発生から219時間となる同日午後6時20分ごろ、3階で人質を救出、5人を逮捕した。 28日の攻防中、警視庁第2機動隊隊長の内田尚孝警視=警視長に特進(当時47)=と同庁特科車両隊中隊長の高見繁光警部=警視正に特進(当時42)=が銃弾を受け、殉職した。22日には現場を訪れた民間人の男性も撃たれ、後に死亡。警察官ら27人がけがをした。グループは28日だけで100発以上、10日間では200発以上を発砲したという。 事件の模様は全国にテレビ中継され、多くの国民が茶の間で見守った。 グループの5人は、首謀者とされる坂口弘死刑囚(75)と坂東国男容疑者(75)=国際手配中=、吉野雅邦受刑者(73)に加え、当時19歳だった加藤倫教さん(69)=懲役13年、出所=と16歳だった弟。 ◇ 銃や爆弾を使った武装闘争の末に警察に追われ、群馬県から逃走する途中に起こしたのがあさま山荘事件だった。 事件後の取り調べで、あさま山荘事件前の71年8月から72年2月にかけ、仲間の大量リンチ殺人があったことが判明。群馬県の山中の山小屋のアジト「山岳ベース」で12人、千葉県で2人の遺体が見つかった。「革命への熱意が足りない」などと責め、「総括」と称し、暴行やアイスピックで刺すなどして死亡させ、土中に埋めていた。 また、グループのメンバーは連合赤軍結成前の71年2月に栃木県真岡市の銃砲店を襲撃し、散弾銃10丁や2千発以上の実弾などを奪うなどしていた。 坂口死刑囚はこれらの事件で死刑が確定。再審請求も棄却された。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
あさま山荘事件、まだ終わっていない 超法規的措置で釈放→逃亡中も
過激派グループ「連合赤軍」による「あさま山荘事件」は、その後発覚した仲間の大量リンチ殺人事件などと合わせて「連合赤軍事件」と呼ばれる。一連の事件は当時の社会に衝撃を与え、学生らによる社会運動に対する国民の支持を一気に失うことにつながった、と指摘されている。 連合赤軍はあさま山荘事件により消滅したが、その後、別の過激派グループ「日本赤軍」が1970年代以降、海外でテロ事件を次々と起こした。日本赤軍のメンバーは今も逃亡しており、警察が捜査を続けている。 過激派グループは60年代からの学生運動が過激化するなかで生まれていった。 当時、学生らは長期化するベトナム戦争や日米安保条約改定、大学の学費値上げなどに反対し、社会の変革をめざして運動を展開、警察部隊とも衝突を繰り返していた。 連合赤軍と日本赤軍、その後 連合赤軍が結成されたのは7… この記事は有料会員記事です。残り882文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
あさま山荘事件、50年後の証言 あのとき極寒の現場で見た光景は
クレーン車の鉄球で山荘の玄関が破壊され、建物内に向けて放水された=1972年2月28日、長野県軽井沢町、朝日新聞社ヘリから 過激派グループ「連合赤軍」のメンバー5人が長野県軽井沢町の保養施設で、人質を取って10日間にわたって立てこもった「あさま山荘事件」から、今月で半世紀となった。現場や周辺にいた人は何を見たのか。元警察官、元過激派メンバー、地元住民の証言でたどった。(敬称・呼称略) 1972年2月、連合赤軍のメンバー十数人は、警察の目を逃れるため群馬県の山中を転々としていた。この間、逃亡するメンバーも相次いでいた。 大がかりな捜索の末、群馬県警は17日、同県松井田町(現・安中市)の妙義山中で、最高幹部だった森恒夫(当時27)と永田洋子(同)を殺人未遂などの疑いで逮捕した。 県境を越えたあさま山荘で立てこもり事件が起きる2日前のことだ。残るメンバーは9人となった。 事件のあったあさま山荘と、連合赤軍メンバーが群馬県から長野県に移動する際に近くを通った和美峠。当時、上信越道や北陸新幹線は開通していなかった レンズの先に、不可解な足跡 【証言①:元長野県警機動隊・箱山好猷(当時36)】 72年2月18日、長野県警機動隊の分隊長だった箱山好猷(よしのり)(86)は、群馬・長野県境の和美峠にいた。 警察は森、永田以外のメンバーも山中を逃げていると判断。付近の道路で検問や捜索に当たった。和美峠もその一つだった。 箱山は上司に「不審者を見つけたら緊急走行の赤ランプをつけて追いかけろ」と指示を受けた。双眼鏡を使い、雪山の斜面を監視していた。 レンズの先に、人が歩いたような跡があることに気づいた。 事件の際に撮られた写真を前に、当時の体験を語る箱山好猷さん=2022年2月6日午前11時37分、長野県上田市、鶴信吾撮影 「おかしいな。昨日は足跡はなかったような気がする」。しかし足跡は1人分しか見えず、一つひとつの形も崩れている。 「連合赤軍のメンバーが歩いたなら、もっとたくさんの跡があるはずだ。これはきっと古い足跡だろう」。そう思った。 この足跡は確かにメンバー9人のものだった。それが判明したのは逮捕後のことだ。 なぜ1人分しかなかったのか。 実はメンバーは、先頭を歩く1人の足跡を踏んで歩いていた。そのため、箱山には1人分に見えていた。この時9人が銃を携帯していたことも後で分かった。「出会っていれば撃ち合いになっていた」と、箱山は振り返る。 この日、箱山が見た足跡の9人は和美峠近くの雪山を越えて軽井沢町に入り、別荘地に近い山中にいた。雪を集めてかまくらをつくり夜を過ごしていた。そのうち一人が取材に応じた。 追われた連合赤軍メンバーは、銃撃戦の末にあさま山荘に侵入します。地元の女性たちは炊き出しで警察官を支援。警視庁からは立てこもり犯を割り出すための警察官が派遣されます。そして、立てこもりから10日目。事態は大きく動きます。 撃ち殺されるか、捕まるか 【証言②:元連合赤軍メンバー・加藤倫教(当時19)】 19日午前5時、9人のうち男女4人は軽井沢の街へ食料の買い出しに出かけた。 ところが、山中で長い間風呂にも入っていなかった4人は悪臭を放っていた。4人はすぐに人々の注目をひいた。 軽井沢駅売店の女性が不審に… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
コロナ禍で披露宴中止「やむを得ない」 地裁、キャンセル料請求棄却
名古屋観光ホテル(名古屋市中区)が、新型コロナウイルスの感染拡大で結婚披露宴をキャンセルした夫婦に対し、キャンセル料約150万円の支払いを求めた訴訟の判決が25日、名古屋地裁であった。岩井直幸裁判長は「解約はやむを得なかった」としてホテル側の請求を棄却した。 ホテルの運営会社は「詳細を把握していないのでコメントしかねます」としている。 夫婦は愛知県内の40代。判… この記事は有料会員記事です。残り244文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
事務室の「すずこさん」へ思い届け 凪ちゃんの直談判、てんまつは?
木谷凪(きたになぎ)ちゃん(4)はドングリ集めにはまっている。 週末になると、近くの公園や曽祖母の家の周りで、双子の碧(あお)くん(4)と競うように集める。 ポリ袋いっぱいに詰めて保育園に持って行く。それが日課だ。 だから母親の莉世(りよ)さん(29)の車からは、袋からこぼれたドングリが毎日コロコロと見つかる。 奈良県中部、人口約1万7千人の大淀町。凪ちゃんは、町役場にほど近い延明保育園の年少さんだ。 「チカがいっぱい食べるから」。サ行の発音をちょうど練習しているところ。「チカ」はもちろん、奈良公園のシカのことだ。 昨年の夏に家族で会いに行った。そのときは逃げられて仲良くできなかった。 昨年秋の遠足。園児たちは、広場や公園などでドングリを拾った。奈良公園のシカに届けるためだ。 「チカにあげに行こうな」。凪ちゃんも友達と一緒に、ペットボトルからあふれんばかりにドングリをかき集めた。 その後も、保育園の園庭で友達が落としていったドングリを毎日拾った。 みんなで集めたドングリは約20キロの重さになった。ある日、担任の副島莉奈先生(27)は言った。「年長さんと年中さんでシカの元に届けに行きます」 せっせと集めたどんぐりが「チカ」に届けられない。そう聞いた凪ちゃんは、ある行動に出ました。記事後半で紹介します。 凪ちゃんは納得できなかった… この記事は有料会員記事です。残り1598文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
修学旅行中止、娘はかばんをたたきつけた 長引くコロナ禍、心に影響
新型コロナウイルスのオミクロン株によって休校や学級閉鎖が相次ぎ、学校生活が強い制限を受けている。政府が全国の学校に一斉休校を要請して27日で2年。行事の中止も重なるなか、子どもたちは長い間学業や体験の機会を奪われ続けてきた。専門家は心のケアの必要性を訴える。(阿部朋美、高浜行人) 水戸市立寿小学校では21日、約600人の児童たちが久しぶりに登校した。「背伸びたな!」「会いたかったよー」。校内の廊下で友達と再会した児童のうれしそうな声がマスク越しに響いた。茨城県にまん延防止等重点措置が適用され、1月31日から休校が続いていた。 3週間ぶりの登校 「またいつ休むかわからない」 「またいつ学校が休むかわからないから、このプリントは持ち歩いてね」 4年生のクラスの授業では担任教員が、オンライン授業でも活用できるプリントを配った。音楽ではリコーダーが使えず、大型モニターに楽器を映し、音が鳴る仕組みを学んだ。 給食の時間になると、当番の児童の体調を担任がチェック。熱はないか、せきは出ていないかを聞き取ってから、配膳が始まる。児童同士が接触しないよう一方通行に進んで給食を自席に運ぶ。飛沫(ひまつ)が飛ばないよう、会話は控える。全員が座った後、同じ方向を向いて「黙食」した。おかわりは、担任が各席をまわりながら児童の食器によそっていった。 校内も感染対策がとられている。教室の廊下側と外に面した窓は常時開け放たれている。休校中、水道の栓は手でひねらずにひじなどで押せば出るものに取り換えられていた。 この2年、児童はたびたび休校や分散登校を迫られ、窮屈な思いをしてきた。6年生の男児は悔しそうに語った。「いっぱい我慢も寂しい思いもしてる。もっと友達に会いたい」。霜田豊校長は「2年間は制約との戦いだった。子どもの健康と学びをどう守るかを考え続けた」と振り返る。行事も縮小された。運動会は競技を絞り、午前中だけ。楽しみにしていた遠足は、目的地が東京から県内の国営ひたち海浜公園に変更になった。バスの車内は窓際の列に1人ずつ座り、歌や会話は禁止になった。 寂しい思い重ね 「もっと友達に会いたい」 休校や分散登校による学校生活の断絶は、2年前の2月27日に当時の安倍晋三首相が一斉休校を要請して以降、各地で繰り返されてきた。今年に入って感染が急拡大し、全国的に相次ぐ。文部科学省によると今年2月9日時点で全国の幼稚園、小中高校、特別支援学校計717校(2・0%)が休校。うち茨城県が339校で最も多かった。 学校に集まれないことで友人との関係を育む機会が限られ、親と過ごす時間が増えて虐待の件数が増えるなど様々な弊害が出たとされる。20年度の小中学校の不登校は19万6127人で過去最多に。文科省の担当者は背景について「(一斉休校で)生活リズムが乱れやすかった」と説明した。 部活の全国大会不参加に大泣き 学校行事の中止も、子どもの心に影を落とす。 記事の後半では、部活の大会に加えて修学旅行が中止になって嘆く高校生の姿や、コロナ禍が子どもの心に悪影響を与えているという調査結果を紹介しています。専門家は子どもの心のケアの仕方に言及しています。 「楽しみが何もない!」 兵庫県の私立高校に通う2年生の女子生徒(17)は今月、自宅に帰るなりそう叫んでかばんをたたきつけた。楽しみだった北海道への修学旅行が中止になり、不満が爆発した。1月に出場が決まっていた部活動の全国大会も不参加になり、大泣きしたばかり。母親(54)は「感染防止のためとは理解しているが、本当につらそうでやるせない」と話す。 一斉休校で中学の卒業式と高… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ネットいじめ巧妙化 大人の監視に限界、子どもに教えるべきことは?
子どもの間で、「ネットいじめ」が増えています。文部科学省の2020年度調査では、いじめ全体の認知件数は7年ぶりに減りましたが、「ネットいじめ」は過去最多を更新しました。どうすればいいのか。15年前にネットいじめ対策の事業を始めた企業「アディッシュ」の事業部長・三角梨奈さん(28)と、校長として学校改革に取り組んできた工藤勇一さん(62)に聞きました。 2007年からネットパトロール アディッシュ事業部長 三角梨奈さん 私たちの会社「アディッシュ」は2007年から、200以上の学校や自治体から依頼を受け、ネットパトロールをしています。ネット上で生徒を巡るいじめや嫌がらせがないかチェックし、学校に報告します。 始めた頃の主なチェックの対象は、学校の「裏サイト」や、生徒の自己紹介が書かれた「プロフィルサイト」でした。これらのサイトでは、複数の生徒が1人の悪口を掲示板に書き込むことが多く、典型的ないじめの構造がありました。 しかし近年、ネットいじめは非常に複雑化しています。 まず、「一対多」ではなく「… この記事は有料会員記事です。残り2595文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル