競馬、競艇、競輪、オートレースとある公営ギャンブル。なかでも中央競馬は人気や売り上げ規模で抜きんでた存在だ。どのようにして社会に受け入れられたのか。競馬の歴史に詳しい、歴史社会学者の石岡学さんに聞いた。 アイドルホースの代わりに「ウマ娘」 公営ギャンブルのなかでも、中央競馬は文化・趣味として定着しているように思います。スポーツ雑誌で特集が組まれて、表紙まで飾る。競輪はアスリート的な要素が強いけれど、同じようには扱われません。 日本でギャンブルは原則、違法です。競艇、オートレースを含む公営ギャンブルは、戦後の産業振興と地方財政の健全化を目的に始まりました。当初こそ「必要悪」と見なされて、批判も強かったが、人々の生活水準が上昇していくなかで、次第に大衆的なレジャーとして、社会に受け入れられていきました。 なかでも中央競馬は開催日を… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
西之島、新島誕生から10年 拡大する島、リセットされた生態系は今
【動画】西之島新島誕生から10年=依知川和大撮影 小笠原諸島の西之島の噴火で新たな島が確認されてから、20日で10年になる。朝日新聞社機「あすか」からの3日の取材では、中央の火口や斜面から白い噴気が上がり、周辺海域は茶色や緑色に変色して火山活動が続いていることがうかがえた。 よく見ると、白いまだら模様で染まった台地が確認できた。この地で繁殖してきた海鳥が残したフンの跡だ。この日は台地の上で過ごしたり、上空を飛んだりするアオツラカツオドリ5羽とカツオドリ2羽を確認した。 噴火前は国内有数の海鳥の繁殖地だったが、島を覆った溶岩によって生態系がリセットされた。その後の推移にも注目が集まる。 これまでの国の調査などでは5種の海鳥の繁殖が確認された。植物の種や昆虫が海鳥に付着して持ち込まれて広がっていくことが予想されている。 ただ、今年になって海鳥の数が減少しているという。 「海鳥がすごく少なくなっている。今後、島の生態系がどうなっていくのかまったく予想がつかない」。噴火後の西之島を調査してきた川上和人・森林総合研究所鳥獣生態研究室長(鳥類学)はそう話す。 噴火後初めての上陸調査は16年10月。研究者らによって、火山活動が落ち着いた島でカツオドリとアオツラカツオドリの繁殖が確認された。 また、川上さんらの研究チームなどによるこれまでの調査では、カツオドリとアジサシの仲間の5種の繁殖を確認。トビカツオブシムシといった昆虫も見られている。ワモンゴキブリの繁殖が見つかり話題にもなったこともある。 ところが19年12月、再び噴火活動が活発になり、翌20年に大量の火山灰が島全体を覆った。 「このまま海鳥もいなくなるのではないか」という研究者らの予想に反し、21年も数千羽の海鳥が繁殖のために飛来した。だが、巣の近くで多数の放棄された卵が見つかった。噴火の影響で地形が変わり、繁殖成功率が大きく下がっていたという。 生態系は今、分岐点にあると… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
夢中で舞った日本舞踊 「慰問に行くよ」 写真に残るあの日のわたし
〈なんて高いところやろなあ〉 板張りの舞台に立った時、そう感じた。 小学2年生の窪田俊子さんは傘を手に日本舞踊を舞った。小学校に入ってから自宅近くの教室で習っていた。 畳敷きの広い会場は、ほぼ埋まっていたと思う。たくさんの人が見ている前で踊るのは初めてだった。 緊張した。 恥ずかしかった。 とにかく夢中だった。 「何も分からんと、一生懸命に踊りました」 1枚の写真が窪田さんの記憶を鮮やかに呼び起こしていきます。日本海に面したまちで、多くの人たちを迎えた市民の物語。 ■母に借りた着物「大きすぎて… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「黙秘」は市民にマイナスか? 弁護士が立ち会いの実現をめざす理由
なぜ取り調べに弁護士が立ち会う必要があるのか。日本弁護士連合会の「取調べ立会い実現委員長」を務める川上有弁護士(65)=札幌弁護士会=は、「とりもなおさず供述の自由がないからだ」と言い、各地の弁護士に立ち会いを実践するよう訴えて回る。 ――立ち会いに法的根拠はあるのですか 刑事訴訟法には何も書いていません。立ち会っていいとも、ダメだとも。 でも取り調べは弁護士の助力を最も必要とする局面で、憲法は黙秘権や弁護人依頼権を保障しています。立ち会いはこれらを実質的に保障するものです。 それに、犯罪捜査規範(警察の内規)には、「弁護人を立ち会わせたときは~」と立ち会いを想定した条文もあります。現行法上も立ち会いは認められると考えています。 ――弁護人がいなければ、黙秘はできませんか 簡単にはできません。「黙秘する」と言っても、取り調べは終わらないからです。 記事の後段では、警察官が「泥棒に黙秘権があるか」と言い、7時間にわたって自白を迫る音声動画を紹介しています。 たとえば、取調官は「こっちは証拠を全部見てんだ。突然起訴されて困るのは何も言い分を言わないお前だろ」と揺さぶったり、「じゃあおふくろさんに聞くしかねえな」と脅したりする。 あるいは「(プロ野球の)ファイターズ最近調子いいな」とか、「あそこのラーメンうまいらしいぞ」とか言って関心を引く。つい「僕はラーメンならこっちですね」と乗ってしまうと、会話が始まります。5分ほど盛り上がったところで、「あの日どこに行ったかぐらい言ってよ」となります。そこでまた「黙秘」と言うのは、人間だからしんどいのです。 ――取り調べに応じることにどんな問題があるのでしょうか 「弱らせろ」 かつて流出した警察の文書 分かってほしいのは、供述調書は、インタビューした内容をまとめたものでは決してないということです。 警察は逮捕というハードルを… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
市職員の有名剣士 全日本官公庁大会で異例の2位 子どもの指導も
中学から大学まで剣道で全国的に大活躍し、市役所職員になった人がいる。実業団の名門チームに所属したが、家族との時間を優先して転職した。毎日できていた稽古は休日の週1回になり、平日は週3回、地元の剣道クラブで子どもの指導をする日々だ。そうしたなか、4年ぶりにあった全国の公務員の頂点を決める10月の大会で強豪の刑務官などを破り、準優勝した。 熊本県菊池市出身で、剣道6段の茂田大貴さん(32)。ともに剣道で名門中の名門とされる九州学院中学・高校と明治大学で、腕を磨いた。大学卒業後は実業団のトップレベルの選手が集まる企業「東レ」に入り、「実業団日本一」を決める全日本実業団剣道大会でも活躍した。 コロナ禍・家族との別居…強豪企業チームから公務員に 当時の職場は滋賀県。大学で… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「男のプライド」捨てられず 仕事も結婚もうまくいかず孤独がつらい
東京都内の駅ビル。その運営会社に勤めてまもなく5年になる男性(64)は、仕事を辞めたいと毎日のように考えてしまう。 元消防士。60歳で定年退職し、あっせんされた今の会社に再就職した。 ビル内の設備を見回ったり、入居するショップから相談を受けたりする仕事だが、着任初日から辞めたくなった。男性ばかりだった前職と違い、周りはほとんどが女性で、何を話していいのかわからない。上司の課長には「お客様」を迎えるお辞儀の角度を細かく指導され、いらついた。 「言い方がすごいきつい」と駅ビルに入るショップ店員から会社に苦情を言われたこともある。身に覚えはあった。シャッターを下ろす場所に物が置いてあったため、店員に「ダメだ」と注意した。「言い方を優しくしましょう」。そう注意され頭を下げるしかなかった。 未婚の1人ぐらしで、お金には困ってはいない。それでも辞めないのにはワケがあるという。 「男のプライドがあるから」。男性は記者の目を見つめ、真剣な表情でそう言った。 「途中で辞めればかっこわるいじゃん。前職の看板にも傷をつけることになるって思っちゃうんだよな」 「男らしさ」とはいったい何なのか。それがもし人を傷つけ、自分を苦しめていたら。11月19日の国際男性デーに合わせた連載第1回です。 1959年、東京都立川市生… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
山林と古民家をグランピング場に再生 障害のある人たちの働く場に
障害者が草刈りや清掃などを担うグランピング場「里山グランピングむすび」が、岐阜県瑞浪市日吉町にオープンした。名古屋市の一般社団法人「全国高齢者食育協会」が築123年の古民家を改修して管理棟にし、荒れ地を切り開いて宿泊施設を設けた。 2年前、古民家と付近の山林など約1万3千平方メートルの活用法を募っていた所有者に、協会の東洋平代表理事(46)が「障害者が働く居場所と、能力を伸ばす場としてのキャンプ場」を提案。一帯を譲り受けた。 20年以上空き家だった約300平方メートルの古民家は床などを改修。管理棟として受付や食材準備用台所を設けたほか、居間は多目的ホールに改修し、地歌舞伎などが公演できるようにした。 2メートル以上のササが生い茂った荒れ地は、まず約6500平方メートルを自分たちで整地した。施設は4人が泊まれるドームテントとバーベキュー小屋が各4棟など。蔵は鶏小屋に改修し、食材の一部自給もめざす。事業費は約7千万円。 里山の静けさと豊かさ体感して 協会は名古屋市内で2カ所の就労継続支援B型事業所を運営している。近隣の障害者に知ってもらうため、協会は2年前、瑞浪市内にも事業所を開設した。グランピング場で働く障害者は募集中だが、「名古屋と瑞浪から、グランピングに興味がある障害者にどんどん仕事に入ってもらう。希望者には接客なども任せたい」と東さん。 残る敷地の約6500平方メートルは山林がほとんどで、自由にテントが張れるキャンプ場にする予定。敷地内のため池を釣り堀にしたり、ドッグラン場を設けたりと、構想は広がる。 「重機の免許を取得して整地するなど、時間はかかったが、ほとんどのことは自分たちでやってきた。都市圏の家族連れに、里山の静けさと豊かさを体感してもらう場にしたい」とスタッフの市原雅之さん(33)は話す。 ドームテントの宿泊料は、大人2人の素泊まりで平日1万8千円、土曜2万2千円など(いずれも税込み)。食事代は別。問い合わせは「里山グランピングむすび」(0572・51・5661)へ。(本井宏人) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「なぜ俺が」と言わない大人に 桐朋、巣鴨…男子校で学ぶジェンダー
男女平等の達成度が146カ国中125位の日本。男女格差を解消していく上で欠かせないのが、さまざまな分野で優位に立つ男性の意識の変化だ。こうした問題意識のもと、ジェンダーについて考える機会を積極的に設けている男子校がある。ジェンダー平等や男性の心身の健康を考える11月19日の国際男性デーを前に、東京都内の2校を取材した。(滝沢貴大、本間ほのみ) 男女で差が出たアンケート 20年以上続く意見交流会 「男女別学のメリットとデメリットって、それぞれ何だと思う?」 11日、男子校の桐朋中学・高校(東京都国立市)の教室で、高校2年生の男女約30人が4班に分かれ、ディスカッションをしていた。 約20年前から、家庭科の授業の一環で、同じ法人の桐朋女子高校(東京都調布市)と続けている意見交換会。両校の2年生の有志が参加し、男女別学の長短や性別による結婚観の違い、育児休業、月経など、さまざまなトピックについて意見を交わす。 「共学は異性との距離感を自然に学べるし、男女が同じ空間にいるのは実社会に近い」 「『男女が同じ空間』って言うけど、一方が主導権を握っちゃうと、もう一方が力を発揮できない可能性もあると思う」 「共学のほうが、より『男ら… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
霊峰富士が見下ろす海の県道「223」 駿河湾フェリーの航路を認定
朝晩冷え込むようになり、雪をかぶった富士山が望める季節になった。駿河湾を横断するフェリーなら、遮るものなく見えるはずだ。清水港(静岡市清水区)のフェリー乗り場に向かった。 清水港と西伊豆の土肥(とい)港(静岡県伊豆市)の31キロを、75分で結ぶ。 【撮影ワンポイント】夕焼けの富士山と駿河湾フェリー 初めて行く場所だったので、地図上で富士山とフェリー航路が重なる場所を探し、好天が続く日を選んだ。想像以上に富士山が大きく見えた。航路にも近く70~200ミリズームレンズで撮影。うっすらとかすみがかかっていたのは残念だったが、4便すべてを狙った。最終便と夕暮れが重なり、赤く温かい光の写真を選んだ。 (溝脇正) 1日4便のうち、乗ったのは午前10時35分清水港発の第2便。出航を告げる船内アナウンスが流れ、ゆっくり船が動き出す。しばらくすると、三保松原や清水の街並みが見え、ぐんぐん離れていく。陸地が遠ざかるにつれて、北側に富士山が近づいてくるように見える。乗客は、後方のデッキに出てスマートフォンを構え始めた。船に付けられた青い六角形の「県道223(ふじさん)」の標識前で、霊峰をバックに記念撮影が続く。 たまたま欠番だった県道「223」号を、語呂合わせで静岡県が海上県道に認定したのは2013年4月。富士山が世界文化遺産に認定されるのに合わせた。観光客を呼び込もうと伊豆半島の首長らからの要望もあった。 福岡県筑後市の室園登美枝さ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
創価学会の池田大作名誉会長が死去、95歳 組織を飛躍的に拡大
公明党の支持母体で日本最大級の宗教法人、創価学会の池田大作(いけだ・だいさく)名誉会長が15日、東京都内で老衰のため死去した。95歳だった。創価学会が18日発表した。近親者のみで家族葬を行ったという。創価学会葬を23日に行い、別途お別れの会を開催する。 1928年、東京生まれ。47年、戸田城聖(じょうせい)氏(創価学会2代会長)の指導を受け、日蓮正宗(しょうしゅう)の信徒団体だった創価学会に入会した。青年部などで活躍し、学会員による各地の選挙運動を指導した。 戸田氏の死去後の60年、32歳で第3代会長に就いた。会長在任の約20年間で組織を飛躍的に拡大し、現在の国内会員数は公称827万世帯。 政治との関わりも深く、61年の公明政治連盟結成、64年の公明党結党では、指導的な立場に立った。 69年には学会を批判する書籍の出版に学会と公明党が圧力をかけたとされる「言論出版妨害事件」が表面化。国会などで「政教一致」との批判が強まり、公明議員と学会役職の兼任を認めないなどの「政教分離」を宣言した。 74年には、作家松本清張氏の仲介で、宮本顕治・共産党委員長(当時)と会談。相互不干渉を定める「創共協定」を結んだが、後に失効した。 79年、会長を辞任し、名誉会長に就任。その後も教団運営に絶対的な影響力を持ち続けた。75年からは創価学会の国際機構「創価学会インタナショナル」(SGI)の会長も務めた。 「政教分離」をめぐっては、自民党などから厳しい批判を受けた。国会での証人喚問がしばしば議論されたが、99年に公明党が自民党との連立政権に参加した後は対立も沈静化した。 国際交流にも注力し、旧ソ連のゴルバチョフ大統領や中国の胡錦濤国家主席(当時)ら海外の首脳との対話を重ねた。近年は公の場に姿を見せることは減り、今年1月にはウクライナ危機の早期終結を求める緊急提言を発表していた。 創価大学、民主音楽協会、東京富士美術館、東洋哲学研究所などを創立。著書には、小説「人間革命」、対談集「二十一世紀への対話」などがある。「国連平和賞」など諸外国の政府や国際機関から多数の賞を受け、多くの大学から名誉博士号を受けた。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル