僧侶 松山照紀さん 小学校低学年で祖父を亡くして死に関心を持った私は、中高生時代には下手ながらも卓球に打ち込み、地元・福岡県の大学へ進みました。しかし20歳の時、予期せぬ妊娠が発覚。当時交際していた卓球サークルの仲間と結婚し、中退して長女を産みました。夫は大学を卒業して就職し、神奈川県平塚市に赴任したので、私たちも引っ越しました。 やがて2人目を身ごもった私は、里帰り出産に備えて長女と実家へ戻りました。その直後、父が突然死してしまったんです。農業を営む父は作業中、トラクターのタイヤにもたれかかるようにして亡くなっていた。近所でも評判の働き者で、多くの人に惜しまれました。入れ替わるように次女が誕生して、私は家事と育児に追われました。 実はここから約1年間、私に異変が起きました。何をしても心が動かず、特に「楽しい」「美しい」といったポジティブな感情が一切湧かない。悲しみだけが時折、襲ってきます。 そのころ、夫が自分の故郷で… この記事は有料記事です。残り1179文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
よみがえる明治、あの財界人も訪れた和風「迎賓館」 4月から公開
迫和義2023年3月12日 10時00分 金色の壁や天井、シャンデリア、鈍く黒光りする銘木の重厚な外観――。政財界の重鎮が訪れたという明治期の和洋折衷の豪華な木造建築が、新潟県新発田市に移築、復元された。4月から一般公開が始まる。 帝国ホテルや大成建設、サッポロビールなど多くの企業を設立した実業家、大倉喜八郎(1837~1928)の別邸の迎賓施設だった「蔵春閣」だ。 1912(明治45)年4月に隅田川沿いの東京・向島に建てられた。延べ床面積296・87平方メートルの2階建て。33畳の大広間や食堂などがある。 復元を担当した大成建設によると、別邸には「中国革命の父」孫文、東京市長や内相を歴任した後藤新平、財界人の渋沢栄一や安田善次郎らが訪れたという。 関東大震災や東京大空襲をくぐり抜け、戦後は千葉県船橋市へ移築されて飲食店やホテルの付属施設として使われていた。移築を前提に2012年に解体後、部材を管理していた大倉文化財団の申し出で、喜八郎の故郷・新発田に復元されることになった。 JR新発田駅近くの東公園で大成建設が復元工事を手がけた。新潟の雪の重みにも耐えられるよう、見えない形で屋根部分を補強しているという。(迫和義) 有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「うそやろ」枝から根が出るガジュマル工法 老いた桜の復活に挑む
放牧地が広がる山のふもとに立つ、老いた一本桜。熊本県南阿蘇村の「観音桜」は、もとは名もなき「ただの桜」だった。 背後に雄大な阿蘇山を望むロケーションのよさが口コミで評判になり、近くにある馬頭観音にちなんで地元住民が名前をつけた。2010年から本格的に保全活動をはじめた。 樹木医にみてもらい、風で揺れても枝が折れないように支柱を何本もたてた。新しい桜の名所になり、多くの見物客が訪れた。ただ、樹齢70~100年とされる老木だけに、高い所の枝が枯れるなど衰えも目についた。協力金を200円ずつもらって保全の資金にした。 「こんなに弱った桜を見せて、お金をとるなんて」 18年春、桜を管理する住民グループの代表だった今村久也さん(64)は、見物を終えた男性から文句を言われて驚いた。福岡市東区で造園業を営む石谷統冶さん(82)だった。しばらくして電話がかかってきた。「このままではあと何年ももたない」と、独自に開発したという「樹木の再活性化法」を勧められた。 枝から根、一石二鳥の工法 「なんで?」 その方法は「枝の途中から根… この記事は有料記事です。残り1295文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
住民じゃない人も巻き込む日本橋の町内会 関わり方は3段階、柔軟に
地域作りの中核を担ってきた自治会・町内会。ただ、高齢化が進み、加入率も低下したいま、一部の人に負担が偏るなど、多くの課題も抱えています。負担を減らし、多くの人が関われるようにするにはどうすればいいのか。各地の取り組みを取材しました。 活動を支える地元の「ファン」 東京都中央区の日本橋中洲に位置する「中洲町会」では、日本橋の知名度を生かし、特定の人に負担が偏らないための仕組みを作った。 イベント運営を担う青年部は、地域に住む人たちからなる「部員」と、地域の「ファン」であれば誰でも参加資格がある「準部員」から成る。四十数人のうち、約3分の1が準部員だ。 準部員は総会での意思決定には参加できないが、祭りなどの活動では中核を担う。町内のみこしの責任者を、元々中洲に住んでいた「準部員」が務めたこともある。 関わり方にも柔軟性を持たせた。①イベントに参加②当日準備から参加③事前準備から参加、の3段階に分け、仕事が忙しいときは①、時間があるときは③などと、状況に応じて変えられるようにしている。 仕掛け人は、青年部長の高木亮さん(47)だ。鹿児島県出身。30歳のころに日本橋に越してきて、町会に入った。周りは50代以上。「仲間というより親という感じだった」。 当時、地域には新築マンションが増えていたが、新たに住み始めた人たちに町内会の印象を聞くと「何をしているのかわからない」「町会に入りたくても誰に言えば良いのかわからない」などと返ってきた。 新旧住民の垣根をなくすため、広報部を作り、ホームページやチラシ、動画で活動を紹介し、全戸にイベント案内を配った。徐々に関わる人が増え、2017年に約20年ぶりに青年部を復活させた。 都市部では住民の入れ替わりが激しいため、持続可能な運営方法について日々考えている。「日本橋には伝統があり、守るべきことがたくさんある。ただ、新しく来る人も増え、変えるべきこともある。10年、20年後、元々町に住んでいない人が町会長になる時代がくるかもしれない。住民や時代に合わせたバージョンアップが必要だ」 集金はキャッシュレス、現金派は… 集金のキャッシュレス化に取… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
正看護師目指した矢先、打ち切られた祖父母の生活保護 孫はうつ病に
病気で働けなくなり生活保護を受ける祖父母と、看護学校に通いながら病院で働いて自活する孫が一緒に暮らす一家で「孫の収入が増えた」と、生活保護が打ち切られたのは妥当な判断だったのか――。そのことを問う訴訟の控訴審が10日、福岡高裁で始まった。 争点になっているのは「世帯分離」だ。経済的に苦しむ家庭の子どもの就学を助け、世帯全体の自立につなげようという運用が解除されたのはなぜか。 熊本県内に住む祖父母は家庭の事情から、幼い頃に孫を引き取って育てた。小学校で「お前のところお母さんがおらんとだろう」などといじめられた孫は、部屋に引きこもりがちになった。 中学でも引きこもりが続いたが、自らの意思で定時制高校に進学。アルバイトをしながら卒業まで通い続けた。高校卒業後はスーパーに勤め、やがて手に職を付けようと看護学校への進学を決めた。 早朝に起きて病院で働き、その後に学校で講義を受けて、夜9時過ぎに帰宅する生活が始まった。 准看護師になった途端、自宅に来た県職員 その年の6月、祖父に皮膚がんが見つかった。3年ほど前にはみかん農家で働いていた時に風にあおられて転落する事故に遭った。一時は意識不明となり、その後も手足にしびれが残って働けなくなっていた一方で、医療費がかさむようになった。 祖母にも糖尿病や高脂血症の… この記事は有料記事です。残り1508文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
都立高に「居場所カフェ」、ソーシャルワーカーも常駐 24年度から
東京都教育委員会が、2024年度から都立高校に「校内居場所カフェ」を設ける。相談役となる「ユースソーシャルワーカー(YSW)」を常駐させ、生徒の社会的自立を支援したい考えだ。 居場所カフェを置くのは都立小台橋高校(足立区)。新校舎の利用が始まる24年度に置く。同校は、小中学校の時に不登校になったり、高校中退の経験があったりする生徒らを主に受け入れる「チャレンジスクール」の一つで、ほかに六本木、大江戸、世田谷泉、稔ケ丘、桐ケ丘の5校がある。 都教委は小台橋高校にこれまでYSWを週1回程度、継続的に派遣してきた。「居場所カフェ」は生徒が自由に交流できる場所にし、YSWを常駐させて個々の事情に応じた支援を考えている。不登校や中退の防止にもつなげたいという。浜佳葉子教育長は2月に都議会で、「生徒がいつでも誰かに相談でき、解決に向けた助言や支援を受けられることが必要」と意義を説明した。 都教委によると、定時制課程… この記事は有料記事です。残り121文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
大阪湾、淡路島も真っ赤 原因はあのプランクトン
金居達朗2023年3月11日 20時00分 大阪湾で赤潮が広範囲に発生している。朝日新聞社ヘリから兵庫県の淡路島沿岸を見下ろすと、浜がさび色に染まっていた。 大阪府立環境農林水産総合研究所水産技術センター(大阪府岬町)によると、この赤潮は夜光虫というプランクトンによるものだという。通常、5月ごろに見られることが多いが、急な気温の上昇で発生したとみられる。毒性はなく人体には無害だが、沖で養殖されているノリの品質に悪影響が出る可能性もあるという。 刺激を与えると青白く発光する性質を持ち、夜間は波打ち際で発光する様子も見られる。(金居達朗) 有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
東日本大震災から12年、各地で追悼 福島の追悼式には首相が出席
2023年3月11日 20時54分 東日本大震災から11日で12年を迎えた。巨大地震、大津波、原発事故の複合災害で、関連死を含む死者・行方不明者は2万2212人に上った。地震が起きた午後2時46分、各地で多くの人が犠牲者を悼んだ。 仙台市若林区荒浜では、堤防に並んだ人たちが海に向かって手を合わせた。妹とその家族を亡くした佐藤玲子さん(76)は「いつもは胸にしまっているけど、この日は色々思い出される。12年経っても何も変わらない」と話した。家族と訪れた加藤光太朗さん(12)は「ふだんはきれいな海も今日は怖く見えた。日頃から防災について考えなければ」と話した。 福島県主催の追悼式では、留守中に自宅にいた両親を津波で失った南相馬市の宮口公一さん(65)が遺族代表で登壇。「災害時、家族が一緒とは限らず、一人ひとりがどう行動すべきか常に防災意識を持って生活することが大切」と話した。岸田文雄首相も出席し、「大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を決して風化させることなく、後世に継承し、災害に強い国づくりを進めていくことは我々の責務」と述べた。 東京電力福島第一原発では社員ら約130人が黙禱(もくとう)した。小早川智明社長は「地域の声から懸念や疑問点の本質を知り、その立場に立って安全を大前提に丁寧に業務を行う努力が重要だ」と訓示した。 岸田政権が原発の新規建設などを打ち出す中、各地で脱原発を訴える集会も開かれた。 有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
水戸納豆早食いが4年ぶり 優勝タイム26秒で「わんこそば」と2冠
林瞬2023年3月11日 21時08分 【動画】水戸納豆早食い世界大会が4年ぶりに開催。台湾大会で優勝した2人も参加=林瞬撮影 「水戸納豆早食い世界大会」が11日、水戸市の千波湖畔で開かれた。特産品の納豆をPRするねらいだ。茨城県内外や台湾から約170人が参加し、納豆を粘り強くかきこむ参加者の姿に、観客席からは声援が飛んだ。 水戸観光コンベンション協会の主催で19回目。新型コロナウイルスの感染拡大で中止が続いていたため、今年は4年ぶりの開催となった。 男性部門と女性部門があり、予選では男性が納豆1パック(90グラム)とご飯310グラム、女性が納豆1パックとご飯210グラムを食べるタイムを競った。上位10人が決勝に進んだ。 2月にあった台湾大会で優勝した男女2人も招待選手として出場。高御詞(ガオウースー)さんは女性部門の決勝まで進んだ。「納豆を食べるのは今日が2回目。旅行で日本に来たことはあったが、こんな大会に参加できるなんて光栄です」と話した。 決勝は、わら納豆(70グラム)を男性は5本分、女性は3本分食べきるタイムを競った。 男性部門で優勝したのは岩手県一関市の会社員岩渕恭史さん(38)。5本分を26秒09で食べきった。納豆早食い大会に向けて、毎日納豆を20パック食べる練習をしたという。 岩渕さんは、2月に同県花巻市で開催された「わんこそば全日本大会」でも5分間に228杯を食べて優勝した。二つの大会でチャンピオンになったことに「うれしい」と顔をほころばせたが、「大会最速記録には6秒ほど及ばなかった。もっと練習して、来年は記録を抜けるよう頑張りたい」と話した。 女性部門で優勝した東京都目黒区の会社員斎藤智香さん(40)は、3本分を44秒41で食べきり、「早食いの特訓はしたことはないが、思ったよりも、するする食べられた」と笑顔で話した。(林瞬) 有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
【震災12年の一日】「忘れない」「会いたい」 海で思い、空に願う
東日本大震災から11日で12年になります。関連死も含め死者・行方不明者は2万2212人に上りました。大津波に奪われた多くの尊い命を悼み、東京電力福島第一原発事故の影響を今なお受ける人たちの苦悩を忘れない――。きょうをそんな日に。各地の動きをタイムラインでお伝えします。 【動画】「奇跡の1本松」に昇る太陽 東日本大震災から12年=小玉重隆、井手さゆり、福留庸友撮影 ■■■3月11日■■■ 20:30 佐々木朗希投手、球数制限に達し四回途中で交代 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表「侍ジャパン」―チェコ戦で、先発した岩手県出身の佐々木朗希投手は3回3分の2、被安打2の1失点、8奪三振で交代した。 佐々木投手は一回、味方の失策が絡んで1点を失ったが、日本が三回に3点を奪って試合をひっくり返した。 四回、今大会の規定による1次ラウンドで投げられる球数制限の65球に達したため、2死一塁の場面で交代となった。 19:22 鎮魂と平和への祈り込め 宮城・石巻で花火打ち上げ 宮城県石巻市の渡波地区では11日、津波犠牲者の鎮魂や平和への祈りを込めて、「311慰霊の花火」が打ち上げられた。津波で3人の子どもを失った木工作家、遠藤伸一さん(54)らが企画した。津波で流された自宅跡に、震災直後に同じ避難所に身を寄せた住民らが集まり、花火を見上げた。 石巻市内では当時、外国語指導助手(ALT)として小中学校などで英語を教えていた米国人のテイラー・アンダーソンさん(当時24)も亡くなった。震災当時、同市のALTだった親友のキャサリン・シューさん(37)もこの日、米カリフォルニア州から慰霊に駆けつけた。「テイラーもこの花火、見てるかな」 今は同州で心理学者として患者と向き合っている。「石巻市は私の第二の故郷。これからも関わり続けたい」と語る。同じく親友だった阿部麻衣子さん(40)は「キャサリンも米国から来てくれ、またテイラーと3人で集まれた気がする」と話した。 19:00 佐々木投手の出身地でWBCパブリックビューイング 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のチェコ戦に先発した佐々木朗希投手の出身地・岩手県陸前高田市では、パブリックビューイングがあり、約100人が声援を送った。 佐々木投手は小学3年生のときに陸前高田市で被災し、父親と祖父母を失った。隣の岩手県大船渡市で野球を続け、高校卒業後にプロ入りして、ふるさとを勇気づけてきた。 地元有志でつくる「応援する会」の事務局長、村上知幸さん(52)は「市民や被災地全体が、朗希から夢や元気をもらっている」と話した。 18:15 「地震がきませんように」キャンドルに願い 福島市 「震災を乗り越え、未来へつなぐ」「福島、復興」。福島市中心部には、震災の年に生まれた福島県内の小学6年生らが中心となってメッセージを書き込んだ約700個のキャンドルがともされた。 会場を訪れた福島市の門馬帆花さん(7)は、両親が同県浪江町の出身。自らも「地震がきませんように」とキャンドルに書き込み、会場に飾った。 18:10 ろうそく800本、浮かび上がった「3.11つなぐ」 福島・いわき いわき市中心部にある平中央公園で約800個のろうそくがともされ、「3.11つなぐ」の文字が浮かび上がった。震災の翌年から続くイベント「3.11希望の灯(あか)り」で、市民の手で毎年開かれ、今年で12回目。1回目から運営にたずさわってきた太刀川敏子さん(61)らが、震災の記憶が風化しないようにと、「つなぐ」の言葉を選んだ。 太刀川さんは「後世に記憶をつなげなければいけない。大震災自体を忘れてはいけないし、犠牲者一人ひとりを忘れてはいけない。みんなで助け合ったことも忘れない」と話した。 18:07 電子絵灯籠、全国から集まった思いともす 宮城・名取 宮城県名取市の閖上地区にある震災メモリアル公園に、約千個の電子絵灯籠(とうろう)が並んだ。全国から寄せられた絵や文字が描かれている。「3.11 HOPE」という文字も浮かび上がった。なとり復興プロジェクトの佐々木悠輔さんは「12年たち、震災を知らない世代も増えた。当時のことを伝えてゆくことが私たちの使命」と話した。 18:00 牛乳パックの灯籠1万個 会場と気持ちを一体に 盛岡市 盛岡市の盛岡城跡公園では牛乳パックで作った約1万個の灯籠(とうろう)が並んだ。沿岸の被災地に思いを寄せ、支援を続けていこうと、震災翌年から続いている。 灯籠は市内の小中学校をはじめ、全国の企業や団体が手作りした。点灯式では実行委員会委員長の吉田光晴さんが「集まった灯籠はひとつずつ違うが、火をともすと一体になる。この会場でみんなの気持ちが一つになればいいと思います」とあいさつした。 被災者を代表して岩手県野田村出身の中野佐加恵さんが「ふるさとの惨状、津波の恐怖は決して忘れられない。感謝でいっぱいです」と話した。 17:50 「大川竹あかり」 当時在校の児童108人を思う 宮城・石巻 児童74人と教職員10人が死亡・行方不明となった旧大川小学校(宮城県石巻市)で、当時在校していた児童数と同じ108本の竹筒に明かりがともった。 昨年始まった追悼行事「大川竹あかり」で、竹の切り出しや加工などに延べ約500人が参加した。 小学6年生だった三男を亡くした佐藤和隆さん(56)は「あっという間の12年だった。これからも大勢の人に竹あかりに加わってもらい、大川小で起きたことを風化させないよう、語り継いでいきたい」と話した。 【動画】震災遺構大川小学校であった竹あかり=小林一茂撮影 17:35 WBCチェコ戦、岩手県出身の佐々木朗希投手が先発 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表「侍ジャパン」―チェコ戦の先発メンバーが発表され、岩手県出身の佐々木朗希投手が先発する。 佐々木投手に先発を託した思いについて、栗山監督は試合前の会見で「これから世界の頂点をめざしていく道を歩むはずの投手。大震災のことは時間がたったから消えるものではないし、悲しい思いをした人がいる中、我々にはできないかもしれないが、一瞬でも笑ったり、元気になってもらえたりという思いはあるので、そういう日に先発するのは、野球の神様が『朗希に頑張れ』とメッセージを送っているのかなと思うので、そういう意味でも朗希らしいピッチングを期待しています」と語った。 16:30 約4千個の灯籠「3月11日、県民として胸に刻む」 宮城・石巻 宮城県石巻市の石巻南浜津波復興祈念公園では、「がんばろう!石巻」と書かれた看板(高さ2メートル、幅11メートル)の前に、約4千個の灯籠(とうろう)が桜や輪の模様に並べられた。 一つ一つに火をともしていた仙台市太白区の石川たまえさん(62)は、石巻市の出身。同級生が子どもを失ったり、避難所のリーダーを務めたりしているのを知り、ボランティアに加わるようになった。 3月11日はできるだけ石巻市を訪れるようにしている。「被災者のような経験はしていないけど、県民として胸に刻むため」と話した。 […]