お笑いといえばM―1、という人にこそ見てほしい。間寛平(72)が、33年ぶりに吉本新喜劇の座長に返り咲いた。なんばグランド花月(NGK、大阪市)の舞台はもはや魔窟と化している。
「コテコテでしつこいんです。僕らの昔ながらの新喜劇は特に」
寛平が言うとおり、今回の新喜劇は濃い。
うどん屋のおとぼけじいさん(寛平)を取り巻く物語で、そのあほっぷりがすさまじい。
何回も同じことを言うし、聞く。手当たり次第に杖を振り回すのは序の口で、そのうち登場人物みんなが振り回される。
初日の公演は予定時間の45分を過ぎても終わらず、1時間超に。
終わらぬアドリブの応酬
M―1のように2~4分でおさまる競技漫才全盛期の今、なんと自由な。
あちらが極限までそぎ落とされた筋肉質な笑いなら、こちらは無限に膨張する太鼓腹のような笑いか。
そして座長の、33年のブランクなどどこへやら。爪の先から毛穴の隅々、脇汗の粒までボケの血が流れている。
着物のすそを全部めくり上げ、パッチ(もも引き)丸出しで暴れまくる。その姿は滑稽を通り越してキラキラしている。
なんばグランド花月の劇場全体に、寛平が繰り出すボケの波が寄せては返す。
ツッコミ役のチンピラを演じる辻本茂雄は、思わず叫ぶ。
「永遠に続くぞ! これ」
辻本によると、「寛平兄さんは食いついたら離さない。ネタ合わせは一切してません」。
普段から、稽古は本番前日にさらっとするのが新喜劇。だが、今回はいっそうハラハラさせる。
作り込まれた笑いより、生の爆発力にかける。あほを演じるのではなく、あほに生きる。
天国も地獄も
生き様を板の上にさらす。寛平の芸は人生そのものだ。
1970年代に新喜劇に入り、24歳の若さで座長にスピード出世、その後複数の連帯保証人になり、借金地獄へ。80年代には起死回生の「アメマバッジ」10万個を世に送り出すも、逆に6千万円の借金を背負う。
隙がありすぎて、ツッコミ所だらけ。それでも芸人をやめず、今がある。喜劇を地で行くボケの王様だ。
「あら」から生まれる笑い
寛平の生き方は、新喜劇の性質に通じる。
短時間勝負の賞レースでは、かむことは命取り、損と無駄でしかないが、新喜劇はあくまで喜劇。あらがあだで終わらない。そこからギャグが生まれることさえある。
途中がどんなに「わやくちゃ」でも、最後はハッピー。それが新喜劇のお約束で、今回の舞台もそう。
じいさんに地上げ屋、チンピラが入り乱れてしっちゃかめっちゃかな騒動になるが、なぜか大団円へ。爆笑で幕が下りる。
終演後、寛平は汗びっしょり。「今までもいっつも、汗かきながら。新喜劇は大阪の宝やと思ってます」
110周年を迎えた吉本興業。漫才師やピン芸人がどれほど世に出ようと、社名を背負う新喜劇の看板はでかい。
寛平座長の公演は5月24日まで。(土井恵里奈)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル