異論のススメ・スペシャル
安倍晋三元首相が凶弾に倒れてからもうすぐ2カ月。事件後、容疑者の供述によってその悲惨な家族崩壊の様相が明るみに出され、また旧統一教会と政治家の関係が次々と報じられている。それはそれで問題だが、ここでは、あの7月8日まで戻ってみたい。
さえき・けいし
1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に「さらば、欲望」など。思想誌「ひらく」の監修も務める。
この事件がわれわれに衝撃を与えた理由は次の三つである。第一に、大きな影響力をもつ大物政治家の暗殺が、白昼の街頭演説の真っただ中でなされたということ。
当然ながら、安倍氏の政治的信条を攻撃する政治的テロだと誰もが思ったであろう。だが逮捕された容疑者は、旧統一教会への恨みを口にし、安倍氏に直接的な恨みがあるわけではない、という。この奇妙な動機が第二の衝撃である。発端にある私的な動機と、その帰結である政治的影響の大きさの間の不釣り合いである。
第三に、手製の銃による犯行という点。当然、反社会的組織などによる狙撃が連想されるが、この容疑者はまったく「普通の人」であった。「銃」と「普通の人」の取り合わせのちぐはぐさ。また銃を自ら製造して使いこなすという緻密(ちみつ)さと、標的を旧統一教会のトップから安倍氏に変更するという「場当たり性」もちぐはぐだ。
政治的テロなら、手段はともかく、実行者の意図はたいていわかるものだ。また、政治家をねらったものではないが、近年でも、京都アニメーションや大阪の心療内科での放火殺傷など、残忍な無差別殺人も時々起きる。人間の中にはおそらく不可解な破壊衝動があり、それが何かの契機で標的を求めて暴発するのであろう。
論考の後段では「リベラルな秩序」と「保守の精神」をキーワードに、事件の背景に潜む政治状況の変容を読み解きます。
■「奇妙なテロ」の現代性…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル