ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が19日、自身のツイッターを更新した。 孫氏は、これまでにマスクを月間3億枚を仕入れ値で供給することを決めたほか、100万枚の寄付も表明しているが、ツイッターで「医療用防護服も100万枚くらい入手出来るかもしれません…たった今、前進しました…これから詳細を確認します」と明かした。 【写真】孫正義氏、前澤社長の「彼女とも楽しく生きていたい」をイジる「うらやましい限り」 さらにフォロワーから「消毒液もお願いします」と要望されたが「実は消毒液も大量に当方で入手可能なのですが日本の許認可手続きに一年くらいかかるそうで入荷出来ません。とても残念です」とつづった。 その上で「それらは全て米国やEUその他の国々に行きます」とツイートしていた。 報知新聞社 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
東京で22℃予想 天気回復し前日との気温差に注意(ウェザーニュース)
昨日18日(土)は発達した低気圧の通過により、各地で荒れた天気となりました。 天気が回復した関東では朝からスッキリとした青空が広がり、すでに17.7℃(8時48分)まで気温が上がっています。 東京は5月上旬並みの暖かさに 関東は夕方以降に雲が増える予想ですが、日中は晴天が続きます。 暖かな空気が残っているところに日差しが戻って気温は上昇、20℃を超えるところが多くなります。 東京では予想最高気温が22℃と5月上旬並みの気温となる見込みです。前日との気温差が大きくなるため、体調管理にお気を付けください。 日差しの活用がおすすめ 西からは早くも次の低気圧や前線が接近中です。 関東では今日は雨の心配はありませんが、週明けは再び天気が崩れるので、日差しを有効に活用してください。 ウェザーニュース 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
かつては「ブック戦争」も…大型書店が林立した福岡市・天神の歴史(西日本新聞)
本をめぐる時間旅行にお付き合いください。九州一の繁華街、福岡市・天神では1990年代末に大型書店が林立し「ブック戦争」と呼ばれた。しかし2000年代に閉店が相次ぎ、再開発の影響もあって来年までに在庫数上位の2店舗が姿を消す。天神の大型書店の「大転換期」を前に、私たちはどこで本を買い、知的好奇心を満たしてきたのか、人々の記憶や当時の資料を基に振り返ってみる。 【画像】どう変わった?1991年・2020年の主な書店 1970年代~80年代 最初に天神に登場した大型書店は1971年に福岡ショッパーズプラザにできた、りーぶる天神だった。開店当日の新聞広告には「童話から洋書・専門書まで常時25万冊!!」「五階独占!一九〇〇平米」と、福岡市民を驚かせる数字が並んだ。「写真集や楽譜などが容易に手に入った」。同市東区で学習塾を営む竹林由起夫さんは、当時中学生。「このころから本を買うため天神に行く習慣ができた」 りーぶるができる前、天神では新天町のしにせ、福岡金文堂と積文館が書店の代表だった。大型店ではないが、自宅近くの「街の本屋」にはない専門書や参考書はここでそろえた。 76年、天神コアの開業時に紀伊国屋書店福岡店がオープンした。6階のワンフロアを占め40万冊の在庫をうたう巨大店は、東京資本の有名ブランドゆえ地元関係者に「黒船」と呼ばれた。 しかし市民は歓迎ムードだった。「新しい文化の風が吹いてきたようだった」。当時九州大1年だった医師の田北昌史さん(63)=同市早良区=が語る。「専門書は大学生協にもあったが、品揃えは圧倒的に紀伊国屋だった」 田北さんより10歳年下の記者は、天神コアのエレベーターが紀伊国屋に行くオジサンたちで満杯だったことを思い出す。コアはおしゃれなファッションビルではなく知の集積地だった。やがて紀伊国屋が天神の書店の“顔”となっていく。 1990年代 記者は91年、天神の書店を取材し、記事にまとめた。主なものが大小合わせて12店があった。各店とも個性を競っていた。りーぶるや紀伊国屋は展示スペースのフェアを通して文化情報を発信し、丸善イムズ店は店舗をしゃれたインテリア店のようにした。 90年代後半に大きな波が来た。大型店の開店ラッシュだ。96年=リブロ(岩田屋Zサイド、40万冊)▽97年=紀伊国屋・博多大丸店(8万冊)、八重洲ブックセンター(福岡三越、30万冊)。97年はイムズなどから福岡ビルに丸善(75万冊)が移転した。 詩人の樋口伸子さん(78)=同市東区=は「喫茶店のある書店もでき、待ち合わせでよく使った。『本を買う』だけじゃない書店の魅力が伝わった」と振り返る。96年は、全国で出版物(書籍と雑誌の合計)の売り上げが史上最高の約2兆6564億円に達した年。天神の出店ラッシュはそんな好景気が背景にあるが、「福岡の都市規模と比べ、書店数が多いと感じたが…」と樋口さん。 次ページは:2000年~ 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
子どもの外出制限「一部緩和」へ スペイン、非常事態宣言は延長(共同通信)
【パリ共同】スペインのサンチェス首相は18日、記者会見し、新型コロナウイルスの感染拡大阻止のため、3月14日に宣言した非常事態を5月9日まで改めて延長する方針を明らかにした。子どもに関しては4月27日から外出制限を一部緩和する考えを示した。 政府は非常事態宣言に基づき、在宅勤務ができない場合の通勤や生活必需品の買い物などを除き外出を原則禁止する措置を適用している。現在の期限は26日だった。 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
動画解説 4月19日(日) ウェザーニュース お天気キャスター解説(ウェザーニュース)
ウェザーニュース おはようございます。ウェザーニュースキャスターの高山奈々です。 北日本日本海側は、スッキリしない天気。雨が降りやすくなります。一方東海や関東は天気回復し、日差しが届きます。気温も上がり、ポカポカ陽気となりそうです。西日本は早くも天気下り坂。午後から雨のエリアが段々と拡大してきます。 さて、今日19日からは二十四節気「穀雨(こくう)」、七十二候「葭始生(あしはじめてしょうず)」。暦の上では、穀物を潤す雨が降りやすくなり始める頃とされています。雨は憂鬱に感じるかもしれませんが、穀物や植物などには恵みの雨となり、生長の手助けとなりますね。家の近くの穀物や植物の様子を見てみると、何か発見があるかも!? それでは、素敵な1日を過ごしください。 ウェザーニュース 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
ひと目でわかる傘マップ 4月19日(日)(ウェザーニュース)
きょう4月19日(日)の傘が必要なエリアを解説します。 【大きい傘がいるエリア】 東北の太平洋側は湿った空気が流れ込みやすく、雨が降ったり止んだりの天気となります。 九州や中四国は、西から新たな低気圧と前線が接近するため、午後は段々と雨が降り出します。 仕事などで外出する場合は大きな傘をお持ちください。 【折りたたみ傘がいるエリア】 北海道の道東の太平洋側や、東北の日本海側、北陸ではにわか雨の可能性があります。 また、低気圧が近づく近畿も夜には傘の出番がありそうです。 外出される際は折りたたみ傘をお持ちください。 ウェザーニュース 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
今日19日(日)の天気 東京など関東は日差しが戻り気温上昇 西日本は天気下り坂(ウェザーニュース)
■ 天気のポイント ■ ・関東は日差しが戻って暖か ・西日本は早くも天気が下り坂 ・北日本の一部は雨が残る 今日19日(日)は低気圧が離れ、関東や東海では天気が回復します。 ただ、早くも次の低気圧や前線が近づいてくるため、西日本は次第に雨が降り出す見込みです。 関東は日差しが戻って暖か 関東は天気が回復し、各地で日差しが戻る見込みです。 暖かな空気が残っている所に日差しが戻って気温は上昇、東京を含め20℃を超える所が多くなります。 週明けは再び天気が崩れるので、日差しを有効に活用してください。 西日本は早くも天気が下り坂 西日本は西から次の低気圧や前線が近づくため天気が下り坂です。 九州の早い所では昼過ぎから雨が降り出し、夕方から夜にかけて雨の範囲は拡大します。 夜には近畿まで雨が降り出す見込みです。 北日本の一部は雨が残る 湿った風が吹き込む東北北部の太平洋側は断続的に雨が降る見込みです。 沿岸部は風も強く、横殴りの雨になるところがあります。 北海道の道央や道北などは晴れて日差しが届きそうです。 ウェザーニュース 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
新型コロナ“無症状患者”等をホテルへ…岐阜県が検討 周辺住民「不安ぬぐい切れない」「地域のため」(東海テレビ)
岐阜県羽島市のホテルで、新型コロナウイルスの感染者で症状がない人などの受け入れが検討され、県は18日夜、周辺住民向けの説明会を開きました。 岐阜県は病床が足りなくなることを想定し、感染者のうち、症状がないまたは軽症の人を受け入れる施設として羽島市の「HOTEL KOYO」の利用を検討しています。 18日夜、ホテル周辺の住民を対象に説明会が開かれ、県の職員が候補に挙がった理由や感染者の入所ルートなどを説明しました。 説明会に参加した住民:「納得も何も、来る前提だから仕方がないというか…。いくら説明聞いても(不安は)ぬぐい切れない」 別の住民:「やっぱり地域のためですから。我々が受け入れないと言ったらどこかで受け入れないといけない」 岐阜県は、早ければ来週中にも感染者の受け入れを始め、ほかにも同様の施設を増やしていく方針です。 東海テレビ 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
「亀鳴く」という春の季語を知っていましたか?(ウェザーニュース)
人気テレビ番組などの影響もあって、いま俳句はちょっとしたブームになっています。俳句といえば季語が欠かせません。季語とはいうまでもなく季節を表わす言葉で、こうした四季の事物や年中行事などをまとめたのが歳時記。現代では5000以上の季語が収録されています。 その中で春の季語といえば「さくら」や「菜の花」「うぐいす」「入学」などが知られていますが、「亀鳴く」という季語も存在するのです。この首をかしげたくなる季語について日本経済新聞社編集委員で俳人の中澤豆乳さんに伺いました。 由来は鎌倉時代にある? 「『亀鳴く』は春の季語として多くの作例があります。私の感覚では晩夏か初秋の何だか物寂しい印象が浮かぶ季語ですが、俳句歴40年の先輩俳人は『春だよ。僕は春を感じるな。でも春らしい、のどかな句は意外に少ないんだ』と解説します。 亀はもともと声帯などの発声器官を持たないから“声の心で聴く”というのでしょう。その感性の何と広々として情感にあふれていることか。ちまちました感慨や、ありふれた情景を苦心惨憺して、あるいはお手軽に十七文字に落とし込んでいく凡人の俳句作法とは対極の豊かなイマジネーションの飛躍があると思います」(中澤さん) 季語の「亀鳴く」をみてみると、ルーツは何百年もさかのぼることができるといいます。実際にはありえない事象を想像力で実景に感じさせてしまう日本人の豊かな感性の証として知っておきたい季語といえます。 「『亀鳴く』の由来とされるのが、藤原為家の『川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり』が有力とされています。鎌倉後期の1310年ごろに成立した類題和歌集『夫木和歌抄』に収められていて、これを原典とする研究が多くなっているのです。 為家の想像力は実に素晴らしい。朧(おぼろ)の夕闇の中、得体の知れないささやかな鳴き声が聞こえてきます。虫かネズミか小鳥のさえずりか、いや違う。そうだ、亀だ。亀が這い出してきて池の石の上で鳴いている……」(中澤さん) 為家のおかげで、このユニークな季語が市民権を得て、これまでおびただしい句が詠まれてきたそうです。 次ページは:どんな句が詠まれたのか 【関連記事】 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
築地場外74年の老舗名店「お手上げ」コロナで廃業(日刊スポーツ)
食の街、東京・築地場外で74年の歴史を持つ北島商店が18日正午、新型コロナウイルスのまん延の影響による客足の激減から廃業した。 缶詰や調味料など日用食品を扱い、多くの飲食店の下支えとなってきた名店で別名「スパイスの北島」と呼ばれ、親しまれてきた。 北島商店の2代目社長、北島俊英さん(77)は、業者しか出入りのなかった築地場外の商店街組合の理事長に20年前に就任し、一般客なども自由に買い物ができる地盤を築いてきた人物だ。 テレビの情報番組やグルメ雑誌で引っ張りだこになった築地場外市場へと導いた北島さんに店を閉める1時間前に話を聞いた。 築地場外西通りの真ん中ほどに北島商店がある。店内に入るといりこダシ、ポン酢、エクストラバージンオイル、溶かすとゼリーになる粉、マスカットの缶詰、コンビーフ缶、しょう油、黒コショウ、バジル、タイム、ナツメグ…数限りない調味料がきれいに棚に陳列され、何がどこにあるかすぐ分かるようになっている。1時間後に閉店する店には到底みえない。 北島さんは柑橘果汁の混入されたフグ鍋用のポン酢の瓶を手にとりながら「賞味、消費期限はあります。でもありませんではすまない。常に築地のニーズに応えることができる品ぞろえは意識していた」とつぶやいた。北島さんが「何種類ぐらいあるのかね」とスタッフに尋ねると「3000~4000アイテムですかね」との答えが返ってきた。 北島さんが閉店を決意したのは3月という。 「このコロナでお手上げです。2月は1割減でなんとか持ちこたえた。3月は60%減。それで一旦は4月7日に店を閉めることを決めた」と話して「それと年齢的にきつくなってきた。いつも、生涯現役だ、とは周囲に言っていたけど、ここらが潮どきでしょう」と静かに話した。 しかし、閉店を友人や常連客に告げると、驚かれて、懇願された。「みんなが“まだ、やめるな”と口をそろえる。だから、18日まで延ばしたんです」と話した。 4月は希望する品物をあるだけ売ることになり、仕入れはせずに在庫だけでの商売に従事していた。同じ西通りの昆布「吹田商店」の5代目吹田勝良さん(55)は「北島さんにやめられると困るんだよ。コンビニにはいろいろそろってるけど、かゆいところに手が届かない。ポンジューズはここにしかないからね。好みの調味料あるからさ、こだわる飲食店は頭を抱えてるんじゃないか」とこぼした。 “食のテーマパーク”との異名をとる築地場外を下支えしてきた北島商店の存在も大きいが、北島さんはちょうど20年前に約400店で構成された「築地場外市場商店街振興組合」の理事長に就任した。 当時の築地場外は、東京中央卸売市場が豊洲に移転することに関して、反対派と容認派に分かれていたころだった。しかも、仕入れ業者しか出入りしておらず、一般の買い物客が訪れるエリアではなかった。新型コロナウイルスのまん延で、現在は客足は途絶えているが、通常ならば買い物客でいっぱいだ。平日では1万5000人、土曜で2万5000人が集まると都内有数の集客スポットになっている。その礎(いしずえ)を築いたのが北島さんだった。 当時は土曜に営業する店も少なく「世の中、週休2日制になって、築地だったそうだろう」という風潮だった。商店街振興組合では若手を中心に会議を開いて、集客案を討議した。築地は“目利き”を大事にする土地柄だ。いい品物を適正価格で売る。値引きはしない。タイムセールや試供品を配布するなどの意見は出たがしっくりこなかった。最終的に春と秋の1日、各店自慢の商品を半額で売る「半値市」を開催することでまとまった。 北島さんは当時を振り返り「オレたちは問屋ですよ。一般客を相手にもしていたが、9割は飲食店やデパート、ホテルを相手に商売をしていた。これ、半額にしたら仕入れ値を割ってしまう。でも、若い人らが真剣に話して決めたことだから認めましたよ」とニヤリと笑って「でも、この半値市は当たった。普段買えないものが半額。そりゃ、みんな買いますよ。ウチも和歌山産の南高梅を半値市で出したら、いい物だから翌週来て、同じ南高梅を買う。そのうち、違う商品も購入してくれたり。築地がいい物を扱っていることを分かってくれるようになった」と腕を組んだ。今も半値市は人気イベントとして年に2日実施している。 築地場外市場も市場との決別を迎えて、東京都だけではなく地元の中央区と共同して盛り上げていくために「NPO築地食のまちづくり協議会」を2006年に設立した。意見がバラバラだった築地場外がまとまり出した。このNPO設立に北島さんは尽力して、バトンを渡していった。 「オレは、みんながやりたい、っていうことをやりたいようにしてきただけ。築地のみんな、頑張ってるよ。今はコロナで大変だけどさ、いつの時代の何か障害はあった。バブルが崩壊して、リーマンショックに襲われて、東日本大震災も乗り越えてきた。大変だけど、ここが踏ん張りどころだよ」と、築地場外の仲間にエールを送って、18日正午、静かにシャッターを閉めた。 在庫はまだある。28日までは電話対応で残った商品を売りさばいていくという。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース