いまから77年前、日本はアメリカ、イギリスなどと戦争をしていた。太平洋の島々を奪った米国は、次に沖縄を占領して、日本本土を攻めるための前進基地として使おうと考えた。これに対し日本は、日本本土を守るため、沖縄になるべく米軍をひきとめて時間をかせぐ「持久戦」の作戦をたてた。 こうして起きたのが「沖縄戦」だった。どんな戦いだったのか。何が起きたのか。詳しく解説します。 「沖縄戦」ってどういうもの? 沖縄で最初の大きな被害は1944年10月の「10・10空襲」だ。死者は軍人と民間人あわせて668人とされる。45年になって、航空機で軍艦に体当たりする日本軍の「特攻」攻撃も始まった。特攻による死者は数カ月間に約2500人ともいわれている。 米軍は45年3月末、空襲や海上の軍艦からの砲撃につづき、慶良間(けらま)諸島に上陸。4月1日には沖縄本島中部の西海岸に上陸した。このころから約3カ月にわたる戦いを一般に、沖縄戦と呼んでいる。 沖縄本島の上陸地から本島北部にかけては約2週間で、米軍に占領された。日本軍が主に待ち構えていた本島中部では、約40日間にわたって激しい戦いがあった。しかし、追い詰められて、首里城(那覇市)地下にあった司令部を捨て、日本軍は本島南部へしりぞく。大きな戦いはその後約1カ月間続いた。 住民の被害は? 戦争は一般に軍隊と軍隊、軍人と軍人が戦うものだが、沖縄戦では、10代前半の子どもも含む住民が、足りない軍人の代わりや手伝いをさせられたりした。軍人も、武器をもたない住民も、まぜこぜになったまま地上戦がつづいた。 日本軍が南部に追い詰められてからは特に、米軍の無差別な攻撃に、軍人も、住民も次々と命を奪われていった。こうしたことで、沖縄戦では、軍人よりも住民の命が多く失われたといわれる。かつて日本が統治していたサイパンやテニアン、サハリン、満州などでも地上戦があったが、いまの日本で多数の住民を巻き込む地上戦を体験したのは沖縄だけだ。 沖縄戦の教訓として「軍隊は住民を守らなかった」と語りつがれている。日本兵に命を助けられた人はもちろんいる。でも、日本兵に命を脅かされたり、スパイとみなされ、実際に命を奪われたりした人たちがたくさんいる。 地上戦の特徴とは? 太平洋戦争の間、日本本土では、飛行機から爆弾を落とされる空襲で大変な思いをした人がたくさんいる。一方、沖縄には米軍が上陸し、住民が暮らしていた場所で、米軍と日本軍が戦った。空からの攻撃にくわえ、陸からは銃や大砲、火炎放射器で襲われ、海からは艦砲射撃で狙われた。爆弾が大嵐のように降り注いだことから「鉄の暴風」とも言われる。米軍は「ありったけの地獄をあつめた」戦場と呼んだ。 地下に日本軍の司令部があった首里城も跡形もなくなった。地形も変わってしまったといわれる。とくに多くの住民が犠牲になった沖縄本島南部の喜屋武(きゃん)半島では、1カ月間に約680万発、住民1人あたり50発ほどが撃ち込まれたともいわれている。 どれくらいの人が戦った? 米軍はおよそ55万人、日本軍はおよそ10万人。武器の量や性能をあわせた戦力の差は米国が日本の10倍以上だった。そのうえ日本軍の10万人のうち、2万数千人は、沖縄にいる一定の年齢の男子を急きょ兵隊として集めてつくられた「防衛隊」や「義勇隊」、いまの中学生や高校生くらいの生徒たちでつくる「学徒隊」だった。 防衛隊の年齢は17~45歳というが、実際にはもっと幼い子どもや高齢の人もいたといわれる。軍隊の訓練も受けず、武器もないまま戦いに参加させられることもあった。学徒隊では「ひめゆり学徒隊」や「鉄血勤皇隊」が代表例だ。 いったい何人が亡くなった? 米国側は1万2520人。日本側はその15倍、18万8136人が亡くなったとみられている。このうち沖縄県出身以外の日本兵は6万5908人。沖縄県出身の軍人・軍属(正規の軍人、防衛隊や学徒隊など)は2万8228人。一般の住民は9万4千人。沖縄県民全体では12万2千人以上、県民の4人に1人が亡くなったといわれている。 ただ、いずれも推計した数字だ。戸籍も焼けてしまって、亡くなった人の数ははっきりわかっていない。家族全員が死んでしまった家もたくさんある。名前もわからなくて戦没者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」に、○○さんの「長男」とだけ彫られている人さえいる。子どもだった人のなかには、両親が亡くなって自分の生年月日も、名前さえわからない人もいる。 米軍の砲弾や銃弾を受けただけでなく、自ら命を絶つ「自決」で亡くなった人や、餓死や栄養失調、マラリアで死亡した人もたくさんいる。沖縄から疎開(避難)したのに亡くなった人もいる。沖縄戦前年の1944年8月、九州へ向かっていた船「対馬丸」が米軍に攻撃されて、多くの児童が海で溺れて亡くなる悲劇もあった。 自決って? 自らのことを自分の意思で決めるという意味もあるが、軍人が自ら命を絶つ、つまり自殺することを「自決」と呼んだ。当時の日本軍には「戦陣訓(せんじんくん)」という教えがあり、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず」、つまり捕虜になるくらいなら死を選べ、という考えが大切にされていた。沖縄の日本軍のトップ、牛島満司令官は、本島南部においつめられて「自決」している。大けがを負って洞窟内に寝かされたたくさんの軍人に、毒が入った飲み物が配られて死に追いやられたことを「集団自決」ということもある。 一方で、住民の「集団自決」もあった。米軍の激しい攻撃が続くなかで、家族や近所の人たちが壕(ごう)の中や森でまとまって命を絶つといったことが、慶良間諸島や伊江(いえ)島、沖縄本島各地で起きた。「集団死」と呼ばれることもある。日本軍は、住民も、役所も、兵士と同じように命をかけて国を守れという「軍官民共生共死」という指導方針をとって、住民が米軍に投降することもゆるさなかった。そうしたことが背景にあった。 歴史教科書でなにが問題になった? 住民の「集団自決」については高校の歴史教科書を更新するときに、文部科学省と教科書をつくっている会社とのやりとりで「日本軍が強制した」という記述が削除されたことがある。それに対して「集団自決」を体験したり、体験を聞いたりしてきた沖縄県のたくさんの人たちが、大切な歴史を消さないで、と声をあげた。結果、「軍によって集団自決に追い込まれた住民も出た」「軍により、戦闘の妨げになるなどの理由で県民が集団自決を強いられた」といった表現が復活して盛り込まれたんだ。 削除された背景の一つとして、ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんが書いた「沖縄ノート」という本をめぐる裁判があった。日本軍が「集団自決」を命じた、という本の記述について、当事者の元軍人らが命じていないと訴えたんだ。結果的には、最高裁判所が、個々の元軍人が直接命じたという証明はないと判断する一方で、「軍官民共生共死の一体化」の大方針の下で日本軍が深くかかわっていることは否定できないと結論を出した。全体として、日本軍の強制や命令とする見方もありえる、ともいっている。 沖縄戦はどうやって終わった? 日本軍のトップだった牛島司令官が自決したのは6月23日(22日説もある)。この日をもって、日本軍という組織での戦いは終わった。このトップは自決の前に「最後迄(まで)敢闘し悠久の大義に生くべし」と命令を出したと言われている。つまり、降伏するのではなく、死ぬまで戦いつづけろ、と。 6月23日は、沖縄で「慰霊の日」として休日になっている。ただ、実際はトップの自決も知らずに、おびえながら逃げたり、隠れたりしつづけていた人もたくさんいて、6月23日以降に亡くなった人も多い。久米島では8月にかけて、日本軍が住民を殺している。米軍が沖縄戦を終えた、と宣言したのは7月2日。沖縄など南西諸島の日本軍が全面降伏に調印したのは9月7日だ。 その後の沖縄は? 米軍は日本全体を占領し、基地を各地につくった。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は独立したんだけど、沖縄は切り離され、72年の本土復帰まで米軍統治下におかれた。その間、日本各地の米軍基地はどんどん減らされたけど、沖縄ではあらたにつくられたり、広げられたりした。その結果、日本にある米軍専用の基地の7割が沖縄に集中している。 一方、いまも地中には、沖縄戦で亡くなった何千もの人の骨が埋まったまま。撃ち込まれた爆弾で、たまたま爆発しなかった不発弾も約2千トンが地中に残っていて、戦後何十年もたってから爆発して亡くなった人もいる。 不発弾が爆発する。遺骨も墓におさめられない。米軍基地もたくさんある。「まだ戦(いくさ)は終わっていない」という人が多い理由はこうしたことにある。トラウマといって、何十年たっても、米軍機をみたり、戦争のニュースを聞いたりすると怖い体験を思い出して眠れなくなったり、気分が落ち込んでしまったりする人もいる。(木村司) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
未明に会い、殺害か 容疑の高校教諭、その日は通常出勤
帯広市の「帯広の森」の雑木林に道内の高校教諭の宮田麻子さん(47)の遺体が遺棄された事件で、元同僚で帯広農業高校教諭の片桐朱璃(しゅり)容疑者(35)が22日、殺人の疑いで道警に再逮捕された。2人は交際していたといい、片桐容疑者は「関係に疲れていた。別れ話を持ちかけたらトラブルになり、殺害した」と供述しているという。 片桐容疑者の供述などから、事件前後の2人の足取りが判明した。道警によると、宮田さんは29日午後、家族に「釧路に行く」と告げて車で外出。同日夕、帯広の森で高校の部活動の指導をしていた片桐容疑者に会いに来たという。 その後、二人きりになり夜ま… この記事は有料会員記事です。残り318文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
きょう「慰霊の日」、沖縄戦戦没者らに祈り 首相3年ぶり式典出席へ
沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦犠牲者らを悼む慰霊の日を迎える。旧日本軍が撤退し、住民と入り乱れる中で多数の犠牲者が出た本島南端の県平和祈念公園(糸満市摩文仁(まぶに))では県など主催の沖縄全戦没者追悼式が開かれ、玉城デニー知事が平和宣言を読み上げる。 式には岸田文雄首相が出席する。首相の出席は3年ぶりで、過去2年は新型コロナウイルス拡大のため、ビデオメッセージだった。参列者は昨年より規模を拡大したが、従来の5千人規模より少ない約340人にとどまる見通し。公園では22日夜、犠牲者らの名が刻まれた平和の礎(いしじ)の周辺で、「平和の光の柱」としてサーチライトが夜空に照射された。 77年前の地上戦では、日米で20万人余りが犠牲となった。戦後27年続いた米軍統治から今年で復帰50年を迎えたが、今も各地で遺骨が見つかり、地中に残る不発弾は処理にさらに100年近くかかるといわれる。(国吉美香) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「1人ではない」日航機事故の遺族がカズワン乗客の家族に伝える言葉
北海道・知床半島沖で乗客・乗員計26人が乗った観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が沈没した事故は、23日で発生から2カ月となる。いまも12人の行方が確認できず、家族らは捜索の行方を見守り続けている。国は定期的に捜索状況を説明し、別の事故の当事者らとも連携するなど、長期の支援を続ける方針だ。 海上保安庁は巡視船や航空機で捜索を続けており、22日は事故から2カ月となるのを前に、北海道警も加わって陸地を含めて捜索した。北方領土の国後島で見つかった2人の遺体については今月9日にロシア側にDNA型鑑定に必要なデータを提供し、身元の確認を待っているという。 今回の事故では、乗客は北海道のほかに東京や大阪、福岡など各地からきており、事故直後から安否を案じた家族らが現地に集まった。国土交通省は事故翌日には、24時間態勢の相談窓口を設置。現地で捜索状況の説明会を連日開き、会社側から補償に関する説明が始まると、家族側に立って支援する弁護士も紹介した。網走港で陸揚げしたカズワンの船体についても、捜査中の証拠品を見せるのは異例にもかかわらず、献花の機会と位置づけたうえで家族らに公開した。 国交省は今月4日に現地対策… この記事は有料会員記事です。残り621文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
データ開示など共同要請は可能 報道機関の配信契約めぐり公取委見解
公正取引委員会は22日、ニュースサイトを運営するプラットフォーム(PF)事業者に対し、記事を提供する複数の報道機関が契約に関するデータの開示などを共同で求める行為は「独占禁止法上、問題とならない」との見解を公表した。 記事の配信料などを含む取引の経済的な条件を集団的な交渉で決めることは、独禁法が禁じる不当な取引制限(カルテル)にあたるとされる。ただ、経済的な条件に直接関わらない部分について集団的な交渉がどこまで許されるのかは明確でなく、朝日新聞社が昨年、公取委に見解を求めていた。公取委がこの相談を同日公開した2021年度の事例集の中で取り上げた。 PF事業者によるニュース配信には主に、報道機関との契約に基づくもの(ヤフーニュースなど)と、契約なしで記事の見出しやリンクを掲載するもの(アップルのニュースウィジェットなど)の2種類がある。 公取委は①配信料が契約通りに支払われているかを検証できるデータの開示要請②契約を結ばずに記事の見出しなどを一方的に商用利用している事業者への契約の締結要請③記事や見出しの提供契約のひな型を作成――の3項目について、報道機関が共同で行う場合の適法性を検討した。 その結果、①データ開示の要… この記事は有料会員記事です。残り252文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
95歳の原口さん、じっと見つめた「不当判決」 大崎事件再審請求
「あたいは、やっちょらん」――。1979年に男性が死亡した「大崎事件」で、殺人などの罪で懲役10年の刑で服役しながらも、一貫してこう無実を訴え続けた原口アヤ子さん(95)。鹿児島地裁は22日、その第4次再審請求を棄却した。 原口さんはこの日、入院先を訪れた支援者のひとり武田佐俊さん(79)から、棄却のしらせを聞いた。 原口さんは現在、鹿児島県内の病院で入院生活を送っている。支援者や弁護団によると、脳梗塞(こうそく)を2度経験して歩いたりしゃべったりすることはできないが、意識はしっかりしているという。 「アヤ子さん、残念ながら再… この記事は有料会員記事です。残り863文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
活写する世界の現実 吉祥寺などでドキュメンタリー写真展
報道写真家たちによる合同展「トウキョウドキュメンタリーフォト」が吉祥寺など東京都内3カ所のギャラリーで21日始まった。国内外、テーマも多様なドキュメンタリー写真の発表の場として毎年開催され、今年で6回目。今回は写真家12人の102点が展示される。入場無料。26日まで。 白い煙が立ち上る岩盤を、オ… この記事は有料会員記事です。残り535文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
老舗電器店、メイドカフェのレジェンド……コロナ下の秋葉原を歩いた
アニメや漫画が好きな記者(27)にとって、秋葉原はたまらない街だ。東京出身で、学生時代には何度も足を運んだ。春まで東京を離れていたこともあり、最後に散策したのはコロナ禍前。その後を知りたくて、久々にぶらりとすることにした。 JR秋葉原駅を出て、街のメインストリート「中央通り」へと西に歩く。かつてあふれていた外国人観光客の姿はない。当然「爆買い」需要もなく、当時に比べれば、家電量販店も比較的静かに見える。 「街は変わるものだけど、秋葉原は特に新陳代謝が激しいね」。1941年創業の家電量販店「オノデン」の社長で、秋葉原電気街振興会長も務める小野一志さん(68)は言った。 同会や小野さんによると、秋葉原では終戦直後、近くの電機工業専門学校(現・東京電機大学)の学生が手製のラジオを販売。これが爆発的に売れて電器関係の露天商が集まり、高度経済成長の波にも乗って、「日本一の電気街」につながった。 しかし、「石丸電気」や「サ… この記事は有料会員記事です。残り1318文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「ミス一覧表」を作成せよ パワハラと認めて賠償命じる 神戸地裁
兵庫県警機動隊でパワハラを受けたことが原因で、息子は自死した――。両親がそう訴え、県に約8千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、神戸地裁であった。久保井恵子裁判長は「指導の域を超えたパワハラ行為」があったと認め、県に100万円の賠償を命じた。一方、自死との因果関係は認めなかった。 判決によると、機動隊の巡査だった木戸大地さん(当時24)は2015年に自死する数カ月前、機動隊の先輩巡査長(当時)から記載すべき内容や期間を明確にしないまま「ミス一覧表」の作成を命じられたり、「ボケ木戸」と書かれたふせんを書類に貼られたりした。また、技能試験で同僚に答えを教えたとして「カンニングしたやろ」などと問い詰められた。 判決は、こうした巡査長の行為について「暴言や嫌がらせと評価されるような不適切なもの」「ことさら木戸さんに厳しく対応していた」とし、パワハラ行為にあたると認めた。ただ、自死に追い込むほど強い精神的負荷を与えたとはいえないとし、巡査長は自死を予想できなかったと判断した。 別の上司がスクワットを指示したり、実家のタマネギの収穫を手伝わせたりした行為について、パワハラだとする原告側の主張を退けた。 県警の福田充宏・監察官室長は「判決内容を検討し、関係機関と協議のうえ今後の対応を決めたい」とのコメントを出した。(黒田早織、岩本修弥) 判決後、遺族は会見を開き、無念な気持ちを語りました。 ■遺族は控訴の方針… この記事は有料会員記事です。残り612文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
元検事や元判事はどう見たのか 大崎事件第4次再審請求棄却
中山直樹、古畑航希2022年6月22日 19時36分 元検事の落合洋司弁護士 確定判決で認定された死因に疑問を投げかける、事故死の可能性を指摘する新鑑定が限られた資料に基づいているのは事実だが、決定は第3次請求審で再審開始決定を取り消した最高裁決定を踏襲し、「疑わしきは被告人の利益に」という観点での踏み込み不足との印象を受ける。 検察や裁判所は事件の「流れ」を重視する傾向にある。捜査機関によって作り上げられたストーリーに拘泥せず、事件を見直すことが無辜(むこ)の救済につながることを、裁判所は認識すべきだろう。一方で弁護側も「流れ」を否定するために、新たに提示する証拠によって「点をつなげて線にする」争い方が必要だ。 元東京高裁判事の門野博弁護士 事故死の可能性を指摘する新鑑定を「否定はできない」と認めるも、今回も新たな証拠には高いハードルが設定された。科学的に供述を分析した証拠が採用されなかったほか、事件の根幹となる共犯者の自白の変遷など、旧証拠の信用性を検討していないことは、再審判断のあり方全般にも影響を与えかねない。新証拠は各裁判所が証拠に基づいて判断すべきだ。同一事件であることから『有罪』との烙印(らくいん)が押され、最高裁の判断内に収めようとしてはいないか。(中山直樹、古畑航希) 鹿児島地裁の決定骨子 ◆救急救命医の鑑定は、頸椎(けいつい)損傷に陥って呼吸が停止した可能性があることは否定できない程度で証明力は認められるが、確定判決の頸部(けいぶ)圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせるものとは言えない ◆男性宅に運ばれた時点ですでに死亡していたとする救急救命医の鑑定の存在を踏まえても、軽トラックの荷台に乗せて男性宅まで届け、生きている状態で土間に置いて立ち去ったという近隣住民2人の供述は十分に信用できる Source : 社会 – 朝日新聞デジタル