ハンセン病家族訴訟で国に損害賠償を命じた熊本地裁判決に対し、政府が控訴しないと決めた背景には、長期にわたって元患者家族が受けた差別被害に配慮した安倍晋三首相の異例の政治判断があった。
元患者家族訴訟をめぐっては、同種訴訟が係争中となっているため、厚生労働省では「法律的には控訴が妥当」(幹部)との見方が強く、根本匠厚労相も9日の記者会見で、賠償請求権が時効で消滅したとする国の主張を退けた判決を念頭に「通常の訴訟対応の観点からは控訴せざるを得ない問題がある」と説明した。安倍首相も控訴見送りを表明した際に「(判決の)一部には受け入れがたい点」があると言及した。
ただ、元患者本人の訴訟では、平成13年5月の熊本地裁判決が隔離政策を違憲とし、国に約18億2千万円の賠償を命令した。当時の小泉純一郎首相は控訴の見送りを決断し、世論に歓迎された。そのとき官房副長官として小泉氏を支えていたのが安倍首相だった。そのため首相には「ハンセン病の問題に思い入れがある」(政府高官)といわれ、今回の判断にも影響を与えた可能性がある。
また、首相の決断を促す伏線が1週間前にあった。超党派の国会議員でつくるハンセン病問題の懇談会の会長を務める自民党の森山裕国対委員長が2日、原告らから国が控訴しないよう求める要望書を受け取り、首相官邸に報告した。首相は翌3日、日本記者クラブの党首討論会で「患者や家族は人権が侵害され、大変つらい思いをしてきた。責任を感じなければならない」と国の責任に触れた。
政府与党内から控訴をせずに国の責任を認めるべきだとする声が上がっていたことも決断を後押ししたとみられる。21日の参院選投開票日を前に、控訴に踏み切れば政権与党への逆風になるとの見方もあったからだ。与党幹部は「賢明な判断だった」と胸をなで下ろした。一方の野党側も「控訴断念の決断を心から歓迎したい」(国民民主党の玉木雄一郎代表)と一定の評価を与え、元患者家族に寄り添った首相の判断を受け入れた。(長嶋雅子)
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Source : 国内 – Yahoo!ニュース