青森県と秋田県にまたがり、東アジア最大級のブナの原生林が広がる白神山地は、ユネスコの世界自然遺産に登録されて12月で30年になる。その深遠な魅力に触れようと11月初旬、山地の中央部にある世界遺産地域を、記者3人が2人のガイドの案内でめざした。 今回歩いたのは青森県西目屋村内で、山地の東部を流れる大川沿いに林道をさかのぼり、標高1千メートルの青鹿岳のふもとに続くルート。観光用の登山道ではなく、より人の手が及んでいない自然の姿を見られる。 午前8時半、ヘルメットとレインコートを身に着け、クマよけの鈴を付けたザックを背負う。トレッキングシューズでは未整備の斜面や沢は滑ると聞き、ホームセンターで買ったスパイク付き地下足袋をはいて出発した。 同行した鵜沼照都記者(60)は10年前に山地を取材した経験があるが、野田佑介記者(42)と私(古庄暢=37)は初めてだった。 先導するのは、山地で代々クマを狩ってきたマタギの一族の末裔(まつえい)で、鰺ケ沢町で温泉宿を営む吉川隆さん(73)と、かつて環境省のアクティブレンジャーを務め、いまは弘前市で自然学校を開いている谷口哲郎さん(43)だ。 「道が荒れているので気をつけて」。歩き始めてすぐ、吉川さんから注意が飛んだ。昨年8月に津軽地方を襲った大雨で土砂崩れが起き、路面が陥没しているという。山地周辺は被害箇所が多く、「復旧工事の手がまだ届いていない」と谷口さんが教えてくれた。 落ち葉が降り積もった林道を進むこと1時間。吉川さんが突然、ミズナラの木を指さした。 高さ10メートルほどのところに生えている枝に、枯れた枝の束が引っかかっている。クマがドングリを食べるため、よじ登った際にできた「クマ棚」だという。近くにクマが潜んでいないか。一瞬、緊張が走った。 今年は各地で市街地にクマが… この記事は有料記事です。残り2165文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 ※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません 【紙面ビューアー機能も使える】プレミアムコースが2カ月間無料!お得なキャンペーン実施中!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
国宝・重要文化財候補も眠っている? 皇居三の丸尚蔵館、活用めざす
皇室から国に寄贈された美術品や工芸品など約6100件、2万点を収蔵する「皇居三の丸尚蔵館」(東京都千代田区)が、管理運営を宮内庁から文化庁所管の独立行政法人に移し、今月、一部が新装開館した。収蔵品には、国宝や重要文化財に指定される可能性があるものも多く眠っているとみられ、文化庁は積極的な公開や活用を狙う。 「新たな皇居三の丸尚蔵館としてリスタートした。今までと違う尚蔵館を見ていただきたい」。今月2日にあった内覧会で、島谷弘幸館長(前九州国立博物館館長)はこう呼びかけた。 来年6月までの開館記念展では、歴史教科書でもおなじみの元寇(げんこう)を伝える絵巻「蒙古襲来(もうこしゅうらい)絵詞(えことば)」や伊藤若冲(じゃくちゅう)の「動植綵絵(さいえ)」をはじめ収蔵する国宝8件のうち6件などを4期に分けて展示。天皇や皇后が着用した装束など、皇室ゆかりの品を紹介する記念展示も12月まで開催する。 尚蔵館は宮内庁の施設として1993年に開館した。宮家からの寄贈や遺贈によって収蔵品が年々増え、床や棚の上にも置くなど、収蔵スペースが不足。来館者の過密状態も問題視された。2018年、宮内庁の有識者会議が、スペースの確保や情報発信の強化などを提言。19年から新装工事が始まり、21年から一時休館していた。 今年10月、管理運営が文化… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
元タカラジェンヌとGⅠ馬との出会い 行き先ない競走馬に安住の地を
ファンの夢を乗せて走る競走馬。引退後、セカンドキャリアを歩めるのは一握りで、行方がわからなくなる馬も多い。息子とともに引受先のない引退馬を預かる牧場を立ち上げた元タカラジェンヌの岩崎美由紀さんに思いを聞いた。 ◇ ――競馬に携わるようになった経緯を教えてください。 「夫が亡くなり、2015年に夫が経営していた競走馬の牧場を引き継ぎました。もともとは、競走馬の生産と育成をしていたのですが、経営状況がとても厳しくて、生産一本に絞って再出発しました」 「それまでは、牧場に行っても馬たちにニンジンをあげるくらいで、競馬のことは全然知りませんでした。だから、経営を始めた頃はわからないことばかりでした」 ――馬には興味があったのですか。 「もともと大好きでした。子どもの頃から写生で馬の絵を描いたり、引き馬に乗ったり。息子に乗馬もさせていました。あんなに大きな動物ですが、目に通じ合うものがあって、癒やされますよね」 ――生産者として馬と一緒に過ごすようになり苦労もあったのではないでしょうか。 「出産のときが一番気をつかいますね。すんなり生まれる子だけではなく、逆子でなかなか出てこられない子もいる。出産時に親子が亡くなってしまうという経験もしました。生まれても、初乳を飲んで1~2カ月は小さくて弱い。本当に手がかかるのですが、その半面、とてもいとおしいんですよね」 引退後、役目があるのは一握り ――ご自身のキャリアと重ね合わせる部分はありますか。 「私も宝塚歌劇団にいたとき、つらいこと、やらないといけないこと、色々ありました。でも、舞台に出て、お客様の拍手をもらったり、喜んでくださったりするとそういうものが全部すっとぶんですよね。競走馬も頑張って走って、みんなを喜ばせてきたんだと思うと同じだなと感じるところはあります」 ――現役を引退した馬について考えるようになったのはいつごろですか。 「息子も馬が大好きで、牧場の経営を始めた頃から『引退して行き先のない馬はどこに行くのだろう』とか『引退馬が暮らせる牧場ができたらいいね』と話していました。ここで生まれた子たちを見てなおさら、最後まで面倒をみたいという気持ちは強まりました。生産牧場の経営に少し余裕が出たあと、息子が引退馬のための養老部門を立ち上げました」 「競走馬の寿命は25~30年です。現役の競走馬でいられる期間は短い。引退後に競走馬の親となる種牡馬(しゅぼば)や繁殖牝馬(ひんば)になったり、乗馬に転用されたりするのはほんの一握りなんです」 ――役目を終えた馬を養うのは難しいのでしょうか。 「飼料も必要ですし、馬が寝起きする馬房も用意して、手入れもするとなると、やはり費用がかかる。預託料をもらうのならいいですが、自分たちだけで面倒をみるとなると、なかなか難しいです。周囲からは『割に合わないからやめたほうがいい』とか『馬は経済動物だから』と言われたこともあります」 まともに歩けず、唇からはよだれ きっかけの名馬 ――本格的に引退馬の牧場を始めたきっかけは。 「ローズキングダムという馬… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
医療や障害福祉サービス 報酬不正受給か 食材費過大徴収の「恵」
障害者向けグループホーム(GH)で食材費を過大徴収していた大手運営会社「恵(めぐみ)」(本社・東京都)が運営する複数の社会福祉施設や事業所で、虚偽記録に基づいて実際よりも多くの診療報酬や障害福祉サービス等報酬を受給していた疑いがあることが関係自治体の調べでわかった。厚生労働省などは同社系列の各地の施設などで不正請求が行われていた可能性があるとみて調べている。 厚労省とともに調査している愛知県の監査関連資料によると、実際の勤務実態と異なる記録が確認された事業所の一つは、名古屋市緑区の「訪問看護ステーションMGK24」。元職員らから「行ってもいないのに訪問看護を週3回行ったことにしている」といった架空請求の告発が名古屋市に寄せられ、市は10月、立ち入り調査した。 市は調査で、移動支援と訪問看護という別々のサービスを同一人物に対して同じ時間帯に提供したとする記録や、訪問看護の時間帯が実態と異なる記録を確認した。それに基づき、実際よりも多くの診療報酬を受給していたことも確認した。 「虚偽」指摘の社内告発 「売上高に影響」と黙殺 市の調査に対し、MGK24の職員が「法人本部に虚偽記録の是正を訴えたが、売り上げに影響するからと取り合ってもらえなかった」などと社内告発が無視されたことを説明していたこともわかった。 愛知県内の恵系列の施設など… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
自動運転バスがタクシーと接触 実証実験は当面見合わせ 福岡市
福岡市は25日、同市東区のJR箱崎駅周辺で、実証実験中の自動運転バスとタクシーが接触事故を起こしたと発表した。けが人はいなかった。原因や対応を協議するとして当面、バスの運行を見合わせる。 市や警察によると、事故は同日午後3時ごろ、同駅東口のロータリー内で起きた。乗降スポットに停車していたバスが右方向指示器を出して低速で発進した際、バスの右側を走っていたタクシーの左側面と接触した。 バスに乗車中だったオペレー… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「イニエスタ推しから始まって…」ヴィッセル優勝にスタジアムも感涙
サッカー・Jリーグのヴィッセル神戸が25日、J1初優勝を果たした。ホーム最終戦となった本拠地・ノエビアスタジアム神戸では、サポーターらがその瞬間を目に焼き付けた。阪神タイガースの日本一に続いて、兵庫にまた歓喜と感動がもたらされた。 勝利しなければ次戦の最終節まで優勝争いがもつれることになる、この日の試合。スタジアムにはサポーターら観客2万5365人が詰めかけて満員御礼となった。観客席の多くがクリムゾンレッド(えんじ色)を基調としたユニホームで染まった。 試合開始前。スタジアム内だけでなく外周部分も、サポーターらの熱狂に包まれた。ヴィッセルの応援歌がこだまし始めると、ユニホームを着た人たちが体を横に揺らしたり跳び跳ねたりして一体となった。 当直勤務明けに応援に駆けつけた姫路市の公務員福永真也さん(48)は前夜から気が気でなかった。優勝争いを繰り広げている2位横浜F・マリノスの試合が24日夜にあったからだ。 この結果次第ではヴィッセルの優勝の行方は最終節に持ち越されることになっていた。結果、マリノスは引き分けて、ヴィッセルの王手となった。 「最終節は仕事でどうしても休みが取れず応援に行けない。ぜひとも今日ホームで優勝を見させてほしい」とエールを送った。 試合が始まると、ヴィッセル… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
名水の地に100年、天使と眠る ウイスキーを生んだ山崎蒸溜所
薄暗い貯蔵庫を開けると、年季の入った木製の樽(たる)がずらりと並ぶ。ゆっくり息を吸ってみると、フルーティーで重厚な森の香りが五臓六腑(ろっぷ)に染み渡った。 これが100年続くジャパニーズウイスキーの繊細な香りか。樽に詰まった無色透明の原酒は、もうすっかり琥珀(こはく)色に染まっているのだろう。アルコールや水分が蒸発し、原酒は樽の中で少しずつ減る。職人たちは、このことを「天使の分け前」と呼んでいるらしい。お酒好きにはたまらない、ぜいたくな異空間に魅了された。 ここは大阪府島本町にある「山崎蒸溜(じょうりゅう)所」。サントリーが誇る、日本初のモルト(大麦麦芽)のウイスキーを製造・出荷した発祥地だ。1923年10月、この地の良質な水と湿潤な環境にほれたサントリー創業者の鳥井信治郎氏が、ウイスキーづくりを始めてから、今年で1世紀を迎えた。 日本初のウイスキー原酒が眠る山崎蒸溜所 薄暗い貯蔵庫に入ると、芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれた。積み重ねられた樽(たる)の刻印を見ながら隙間を歩いていくと、片隅に「1924」と記された操業開始当時の樽が置かれていた。 熟成の長い歴史と向き合うようにシャッターを切った。ウイスキーも写真も、時間を閉じ込めて、その深さを楽しむ行為だと思う。(筋野健太) エントランスや山崎ウイスキ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ペットの「看取り士」つくった女性、新たに始めた「最期の日々」支援
ペットの終末期を24時間態勢で見守る職業「看取(みと)り士」をつくった岡山市の柴田久美子さん(71)が、その経験をいかし、10月からペットのみとりのサポートを始めた。 ペットと過ごした日々を振り返ってもらいながら、ペットの性格、好み、動物病院での反応を聞き取る。最期の日々をどう迎えるか。家族の意向に沿い、黒衣として寄り添う。 家族にはペットを抱き、なで、ペットに呼吸を合わせてもらう。悔いのない送り方をすることで、「故人」が家族の心の中に生き続ける。手法も、考え方も、基本的には人のみとりと変わらないという。「動物は、言葉こそ発しないけれど、魂をもつ存在として人間と同じ」 今春、「ペット看取り学」を体系化した。みとりの作法やペットロスに関する知識などについて受講したうえで、民間資格「ペット看取り士」を取得してもらう。そして今月、約60人が全国で活動を始めた。その多くが、人のみとりの経験を積んだ人たちだ。 「ご臨終です、言われてからが家族の時間」 柴田さんは島根県出雲市生まれ。小学6年のとき、父は手を握って「ありがとう」と言って旅立った。 1時間ほど握り続け、ついに… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
大家の女性にスタンガン当て強盗容疑 元住人のベトナム国籍の男逮捕
東京都板橋区のマンションで10月、住民の80代女性がスタンガンを押しつけられて現金を奪われる事件があり、警視庁は25日、ベトナム国籍の会社員ホー・ゴック・フー容疑者(32)=千葉市=を強盗致傷と住居侵入の両容疑で逮捕し、発表した。「株で損失が出てしまい、取り返したいと思い実行した」と容疑を認めているという。 捜査1課によると、ホー容疑者は10月27日午後9時ごろ、板橋区大山町のマンション5階の女性宅に宅配業者を装って侵入。女性を押し倒して胸にスタンガンを押し当て、室内の封筒や財布から現金約11万円を奪った疑いがある。女性は頸椎(けいつい)打撲や胸のやけどなど10日間のけがをした。 同課によると、女性はマンションの大家で、ホー容疑者は数年前までこのマンションの一室に住んでいた。(遠藤美波) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
初練習の朝に…初優勝ヴィッセル、発足時のFWが知る「絶望の船出」
サッカー・J1リーグのヴィッセル神戸が25日、本拠地ノエビアスタジアム神戸(神戸市)で名古屋グランパスを破り、発足から28年で初のリーグ優勝を決めた。 チーム名の由来は、VICTORY(勝利)とVESSEL(船)を合わせた「勝利の船出」。 チームは28年前の1995年に発足した。 最初の練習日は1月17日。 それはまさに、絶望の船出だった。 ◇ 大阪市で建築会社を営む奥井雄二さん(55)は、チーム発足時の選手の1人。発足1年目にFWで副主将を務めた。 91年、日本サッカーリーグに所属していた川崎製鉄サッカー部に加入。岡山県倉敷市を拠点にプレーした。 93年にJリーグが開幕すると、神戸市民らが「神戸にもプロサッカーチームを」と市民団体を立ち上げた。約24万人の署名を集め、川崎製鉄サッカー部を神戸に誘致することが決まった。 95年1月1日、プロサッカーチーム「ヴィッセル神戸」が正式に誕生。Jリーグの下部組織・ジャパンフットボールリーグ(JFL)に参戦することになった。 奥井さんはその一員として、1月12日、倉敷市から神戸市東灘区の寮に引っ越した。 チーム初練習を翌日に控えた1月16日夜、選手らは食堂に集まり、「明日から頑張ろう」と結束を固めた。 そして翌日、午前5時46分… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル