第2次世界大戦中にリトアニアでナチスの迫害から逃れようとしたユダヤ人に「命のビザ」を発給した外交官・杉原千畝(ちうね、1900~86)と幸子(ゆきこ、1913~2008)夫妻の功績をたたえる碑前祭が5日、静岡県沼津市の港口公園で開かれた。出席者らは緊迫する東欧や中東の情勢に思いをはせ、夫妻の人道の精神に立ち返ることの重要性を分かち合った。 杉原夫妻の碑は、千畝の生誕120年、ビザ発給から80年にあたる20年に幸子の出身地である沼津市に建立され、碑前祭が毎年開かれている。今年はリトアニアとイスラエル両国の在日大使館関係者ら約200人が出席し、夫妻の偉功をしのんだ。 夫妻の孫でNPO法人「杉原千畝命のビザ」の杉原まどか理事長は、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル・パレスチナ情勢を念頭に「東欧や中東で信じがたいことが起きている。一人の勇気ある決断で社会を変えることができる」と訴えた。 イスラエル大使館のモール・エリヤフ報道官は、10月7日に始まったハマスによるイスラエル攻撃について「ホロコースト以来のユダヤ人の命に対する暴挙」と強く非難しつつも、「このようなときこそ杉原夫妻の遺産から教訓を学ぼう。私はイスラエルのために祈るが、同時に隣人のためにも祈る」と話した。(南島信也) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
有明海1周の自転車大会「アリイチ」 参加の教授「九州の顔に育て」
福岡、熊本、大分の3県を舞台に初めて開かれた国際自転車ロードレース「マイナビ ツール・ド・九州2023」(10月6~9日)に合わせ、有明海沿岸を走る一般向けのサイクリング大会「ariichi(アリイチ)2023」が10月8日に初開催された。各地の自転車イベントに詳しく、この大会に参加したジャーナリストの野嶋剛・大東文化大教授(スポーツ社会学)が体験記などを寄稿した。 アリイチは有明海1周の略。福岡県大牟田市を出発し、佐賀平野を抜け、長崎県雲仙市からフェリーで対岸に渡り、ゴールの熊本県荒尾市までの計150キロを1日で走り抜ける。佐賀空港近くまでの計60キロのショートコースもある。周辺は朝日新聞記者だった頃、担当として取材で歩いた地域。懐かしさもあり、150キロに挑戦した。 出発は朝6時半。あいにくの雨だったが、大牟田市の会場は大会を支える人たちの熱気にあふれていた。開会式であいさつしたのは実行委員長で、同市のサイクリスト荒木茂人さん(41)。昨年、ツール・ド・九州の開催を知り、アリイチを思いついたという。 「九州のど真ん中の有明海をぐるっと一周するという特別さを魅力として打ち出せば、九州を代表するサイクルイベントになる」 思い立ったら止まらない性格で、家族の反対を押し切り、この大会のために勤務先を退職。1年間かけた準備の中で、荒木さんの熱意にほだされ、地元のサイクリストや経済界、観光業界の人々が応援し、実現にこぎつけた。約100人が参加した。 大会の特徴は、福岡、佐賀… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ワイン市場で勝負目指す群馬の日本酒 海外展開支える「あの機関」
全国的に品質が高いとされる群馬の日本酒。2022年度の全国新酒鑑評会では出品した17社のうち8社が金賞で、全国2位の割合だった。金賞を取った永井酒造(群馬県川場村)は「ワインが優勢な海外市場でも勝負できるはず」と輸出に力を入れる。そんな酒蔵とタッグを組んで酒の振興を支えるのは、取り締まりの印象が強いある国の機関だった。 「この水が、私たちの商品を支えています」 10月、中東のドバイからバイヤーが永井酒造を訪れた。6代目の永井則吉社長(51)は、利根川を源流とする川に自ら案内し、自然の中で同社のスパークリング日本酒「水芭蕉(みずばしょう)ピュア」をふるまった。「高級ワインに肩を並べる日本酒を」と、700回の失敗の末に5年がかりでつくった逸品だ。 川のせせらぎを聞きながらグラスを傾けたバイヤーは、日本酒のうまみと発泡によるさわやかさを両立させた味に目を丸くし、「very good」と何度もうなずいた。永井社長は、山々が広がり質の高い雪解け水が流れる群馬は、酒造りに適していることもアピールした。 商談を見守っていた国の職員 その後、一行は8月にオープ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ひばりが丘高校うどん部の夢「讃岐に勝つ」 行列できる自慢の麺と味
高校生が青春を懸けてうどんを作っている。「吉田のうどん」で知られる山梨県富士吉田市の県立ひばりが丘高校うどん部だ。硬くて太い麺に馬肉、キャベツ、油揚げ。これに種類豊富な辛み「すりだね」が味に彩りを添える。地元スーパーのフードコートで時折出す店は、行列ができるほど。合言葉は「讃岐うどんを超える」。地元の味の知名度アップに今日も挑む。 「朝練」で仕込む100食分 市内には「吉田のうどん」を扱う店が約50店ある。10月の金曜日の午前8時半、校舎の一角でうどん部員7人がうどんの生地を作っていた。日曜日の出店に備えて100食超分、24キロの小麦粉から生地を作る。ジャージー姿の生徒もいて「朝練」のようだ。 小麦粉に塩水を混ぜる荒川和毅さん(2年)は、この道1年の「混ぜ」の専門家だ。部員9人の中でも力に自信があるといい、「鍋を回しながら混ぜるといい感じになるんです」。中力粉の定番「たけ」に加え、もちもち感と歯ごたえを出すため県産小麦の「金獅子」をブレンドする。 地元の味を継承・発信しよう… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
宮城県石巻市で震度4の地震 福島県沖が震源、津波の心配なし
6日午前2時10分ごろ、福島県沖を震源とする地震があった。宮城県石巻市で震度4、同県東松島市などで震度3を観測した。 気象庁によると、震源の深さは約60キロ、地震の規模を示すマグニチュードは5・0と推定される。この地震による津波の心配はないという。 主な各地の震度は次の通り。 ▽震度4 宮城県石巻市 ▽震度3 宮城県東松島市、利府町、登米市、大崎市、涌谷町、美里町、角田市、丸森町、亘理町、山元町、福島県田村市、伊達市、相馬市、新地町 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
瀬戸内寂聴さん、11月9日に三回忌 京都・寂庵で開門、本の発売も
瀬戸内寂聴さんが99歳で亡くなってから、9日で2年になる。三回忌にあわせ、寂聴さんが暮らしていた京都・嵯峨野の寂庵(じゃくあん)が、9日正午から午後4時に開門する。誰でもお参りでき、寂聴さんをしのんでほしいという。 寂聴さんは、自らの不倫体験を書いた「夏の終(おわ)り」や、大正時代の女性解放運動で活躍した伊藤野枝の評伝作「美は乱調にあり」、源氏物語の現代語訳など生涯で400冊を超す本を書いた。寂庵や長年住職を務めた天台寺(岩手県二戸市)で法話を続け、多くの人たちを励まし、反戦・平和を訴えた。 2021年11月に亡くなった後も、今年9月には、単行本に収録されていなかった短編4作を収めた新刊「ふしだら・さくら」(新潮社)が出版された。11月9日には、源氏物語の現代語訳の主要な名場面を1冊で読めるように再編集した「寂聴 源氏物語」(講談社)が刊行される。 11日には、寂聴さんが故郷の徳島で主宰した文学塾「寂聴塾」の塾生や地元の読書会のメンバーらでつくる「瀬戸内寂聴記念会」が、徳島県立文学書道館(徳島市)で、ルポライターの鎌田慧さんを招いた講演会を開く。「美は乱調にあり」をテーマにするという。 寂聴さんのお墓は天台寺にあ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
本屋なき村の中心で本への愛を叫ぶ けんごさんら秘境・椎葉村で対談
本屋さんがない山奥の宮崎県椎葉村。そこで小説家・原田ひ香さんと、動画で書評をするけんごさんが「小説の未来」について語り合った。なぜ書くのか、なぜ紹介するのか、本って本当に必要なのか――。縦横無尽に言葉を交わし、2人がたどり着いた結論とは。 村の交流拠点施設「Katerie(かてりえ)」2階にある図書館。聴衆は約20人。遠くは東京からもやってきた。 けんごさんの書評は中高生に人気で、多くのフォロワー(視聴者)がいる。原田さんから「本の紹介がここまでバズる(話題を呼ぶ)と思っていたか」と聞かれ、「全く想定外だった」と振り返った。 小説の未来について、けんごさんは「読書離れというのはウソだと思う。僕の動画を見て『初めて(本を)読んだ』というメッセージをたくさんもらう。要は触れるきっかけ作り。紙で読む楽しさを語り継いでいく」と答えた。 原田さんは「(出版不況は)人口減と動画との時間の奪い合いと言われるが、日々送り出されるコンテンツの根っこにはストーリーが必要で(小説の)ニーズはある。まず書いてみてほしい」と語った。 同図書館の司書で、今回の対談を企画した、今年度の宮崎本大賞の実行委員長、小宮山剛さん(33)はいう。「村内はもちろん、全国にオンラインを通じて届けられた。本を手がかりに、今後も椎葉の文化を打ち出していきたい。それが村にとっての自信や誇りになるように願う」(星乃勇介) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「1週間の教育実習で体動かなくなった」学生への調査から浮かぶ危機
公立学校の教員採用試験の志願者が減り、学生が教職を敬遠するのはなぜか。その理由を学生本人に聞く調査が続いている。過酷な勤務実態を知り選ばなくなったり、教育実習の経験が影響したりする状況も浮かぶ。 実習に行き「絶対無理だと感じた」 一般財団法人「教育文化総合研究所」(東京都千代田区)所長の菊地栄治・早稲田大教授(教育社会学)が、学生へのインタビューをもとにした報告書を今年5月にまとめた。昨年10~12月、教員免許を取る予定ながら教職以外の道を選んだ国私立大の4年生21人に7大学8人の教員が聞いた。 「教師に向いてるのになと私自身も思うけど、やっぱり日本では無理」。海外の大学院に進む私立大の女性は大学教員のインタビューに対し、そう話した。「諦めさせるほど劣悪な職場環境なのは『ちょっともったいなさすぎるよ、日本』って思うのが悔しい」 教職断念のきっかけで目立つのは教育実習だ。金融機関に就職する国立大の男性は「1週間で体が動かず、絶対に自分には無理だと感じた」。 専門家が抱く危機感 21人のうち17人は「条件が整ったら教職に就いてみたい」と答えた。その「条件」として、国立大の男性は少人数学級の実現を挙げ、「(学級規模が)今の半分ぐらいじゃないと子どもを見られない」と述べた。 菊地教授は言う。「教職は子どもと向き合い未来の社会をつむぐ仕事。教職を取り巻く環境を抜本的に改善しないと危機は深刻化するだろう」 岐阜県教育委員会は今年3月、県内7大学の、教育学部に在籍しているか、教職課程を履修した4年生724人を対象に調査を実施した。回答率は37・7%だった。 うち学校教員にならない進路を選んだ学生に理由を複数回答可で尋ねたところ、77人が回答。「他にやりたい仕事が見つかった」が88%と最多。「休日出勤や長時間労働のイメージがある」が79%、「職務に対して待遇(給与等)が十分でない」が64%だった。 このほか、「教員としての適性がないと感じた」(55%)▽「授業ができるか不安だ」(53%)▽「いじめや問題行動への対応ができるか不安だ」(49%)▽「教育実習が大変だった」(48%)▽「保護者とのコミュニケーションが取れるか不安だ」(47%)との回答も目立った。 学生の声を聞いてみると…… 教育社会学を専門とする佛教大の原清治教授、京都文教大の浅田瞳准教授、神戸松蔭女子学院大の長谷川誠准教授のグループ(代表・原教授)が調べたのは、「学校を取り巻く状況が厳しいと言われる理由について、学生はどう考えているか」と、「教育実習後の志望度の変化」だ。関西圏の私立4大学の2~3年生268人を対象に今年1~4月に調査を実施し、9月末の日本教師教育学会で発表した。 教職が厳しい職と言われる理由としては、4大学のうち3大学で「労働時間が長い」「残業代が出ない、給料が安い」「部活動指導」が上位を占めた。 他方、教育学部があり、教職への進路が既定路線の1大学だけは「勤務が過酷だというのは社会が構築した偏見」が1位で35%だった。「ボランティアやインターンシップを経験する学生が多いため、『学校は言われるほどしんどくない』と感じていたり、教職を目指す強い意志を持っていたりすることが考えられる」と研究グループは分析する。 原教授は「学校が厳しいという見方は、教員養成を目的とした大学の学生には、それほど大きな影響を与えていない可能性があり、精緻(せいち)な分析が必要だ」と指摘する。 また、教育実習前後の志望度の変化を分析した結果、実習後に数値が落ちた学生の自由記述には、「大変さを知り、教師の仕事が良いとは思わなかった」「保護者対応が多く、やりたいことに対する時間が減ってしまう」「本当に仕事にしばられない時間がほしい」などの声もあった。 研究グループは「実習先の担当教員から学校現場の厳しさなどを見聞きする機会が多くなり、結果として教職回避の要因になっている可能性も否定できない」と分析している。(編集委員・氏岡真弓) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「無常とは、希望でもあった」 日航機事故慰霊の「夢の桜」上野村へ
1985年夏の日本航空ジャンボ機事故の犠牲者を悼んで植えられた数百本の桜が、滋賀県の名刹(めいさつ)・石山寺にある。「夢の桜」と名づけられたこの桜から接ぎ木した若木が今秋、墜落現場の群馬県上野村に寄贈される。 紫式部が参籠(さんろう)し、月を眺めながら源氏物語の構想を練った地と伝わる石山寺。境内の高台に立つ「光堂」の周辺は毎年春、薄紅色に染まる。 カンザクラ、ヒガンザクラ、ヤマザクラ、ソメイヨシノ……。事故1年後から育てられ、三十余年を経て大きく枝を広げた。 寺の副座主、鷲尾博子さん(68)は、事故で妹の能仁千延子(のうにんちえこ)さん(当時22)を失った。実家は徳島県阿南市の寺。4人きょうだいの末っ子が千延子さんだった。 事故があった38年前の8月は、博子さんと石山寺の前座主・遍隆(へんりゅう)さんとの結婚が2カ月後に迫っていた。「私だけが幸せになっていいのだろうか」 千延子さんは活発で、周囲を明るく照らすような存在だった。小学生の時は忘れ物をした同級生をかばって「人間だから忘れることもあります」と声を張り上げ、担任教諭まで苦笑させた。大学では演劇に挑戦。事故の年の春に東京でアパレル会社に就職したばかりだった。 妹はなぜ、こんな理不尽な死を迎えなければならなかったのか。果てない悲しみと怒りの中で「なぜ、なぜ」と問い続けた。 記事の後半では、日航機墜落事故で妹を失った鷲尾博子さんが、作家・瀬戸内寂聴さんから送られた「無常」の言葉の意味を、御巣鷹と向き合う中で考えます。 母が見た夢 桜の苗木を石山寺へ その年の暮れ。博子さんの母・怜子さんから石山寺に電話が入った。夢を見た、と母は言った。 「妹が、多くの方々と山を登っていく夢だったそうです。頂にはお堂があり、山道は満開の桜に染まっていたと」 石山寺は、琵琶湖や瀬田川を望む丘陵地にある。その地に桜の苗木を奉納したい、と母は言った。夫の遍隆さんに伝えると「いただこうじゃないか」。遍隆さんは寺の庭師らと相談し、苗床をつくり苗木の受け入れを続けた。 3年をかけ、事故で失われた命と同数の520本の苗木が届いた。苗床で順調に育った450本が境内に植え替えられたが、桜の適地は限られ、枯れたものも。それでも、境内で約300本を根付かせることができた。母が見た夢から、「夢の桜」と名づけた。 夫と同じく、博子さんを見守… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
小さな赤ちゃん、成長のキセキ 世界早産児デーを前に写真展
世界で10人に1人の赤ちゃんが早産で生まれている。17日の世界早産児デーを前に、11、12日、ジョイフル本田千代田店(群馬県千代田町)で、写真展「小さく産まれた赤ちゃんの写真展~キセキの物語~」が開かれる。 主催するのは、早産児や低体重児の家族でつくるサークル「LOKAHIリトルベビー群馬」。小さく生まれた赤ちゃんの家族に向けて、「ひとりじゃないよ」というメッセージを伝え、同じ立場の家族同士の交流につながるきっかけにしたいという。 世界早産児デーは、早産に関する課題や負担への意識を高めるため、2008年にヨーロッパNICU家族会によって制定された。 公益社団法人日本産科婦人科学会によると、妊娠22週0日から36週6日までの出産を早産と呼び、全妊娠の約5%に発生する。妊娠22週で生まれた場合、赤ちゃんの体重は500グラム前後で長期間、新生児集中治療室(NICU)での治療が必要となる。 LOKAHI代表の平原早紀さんは「命が誕生すること、今の生活は決して当たり前ではないこと。この写真展を通して、一人ひとりの状況も生き方もみんな違う、『キセキの物語』をご覧いただきたい」と話している。 17日には、多様性と思いやりを表すシンボルカラーの紫色で、臨江閣(前橋市)や高崎アリーナ(高崎市)、クリーンプラザ(太田市)などをライトアップする。写真展の問い合わせは、メール(lokahi.gunma@gmail.com)で。(角津栄一) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル