「海が見たい」。5月のある夜、会社員の平間優介さん(23)と大学4年の田代陸人さん(22)は、ワゴン車で神奈川県藤沢市の江の島に向かっていた。自動車専用道路「横浜新道」を走行し、車は保土ケ谷トンネル手前のカーブに差し掛かっていた。
突然、100メートルほど前を走る車が急ハンドルで何かをよけた。
「あぶねっ!」
運転していた平間さんも慌てて減速し、周囲を確認した。「えっ、なんかあんの?」「工事の人かな?」。右車線は工事中。だが、作業服につく反射材など、光るものは見えない。
助手席の田代さんも外を見た。すると、車の前を真っ黒い影が横切った。黒い帽子に黒い服、そして黒い靴――全身黒ずくめの高齢男性だった。
トンネル手前の非常駐車帯に車を止め、平間さんは男性のもとに駆け寄った。
「何をしているんですか? どこに行くんですか?」
「東京に行きたいな。……ここは裁判所かな?」
視線はうつろで会話が全くかみ合わない。田代さんも車を降り110番通報した。男性を保護したものの、トラックがものすごいスピードで深夜の道路を駆け抜けていく。「ここにいたら男性だけでなく自分たちも危ない」
異変に気づいた作業員が声を掛け、工事現場内のスペースに車を誘導してくれた。警察が来るまで、平間さんと作業員が、足元のおぼつかない男性の肩を支え続けた。男性にけがはなかった。
再びドライブに戻り、車中でこんな会話をした。
あのまま放置していたら、あの男性は車と衝突して亡くなり、ひいた方の人生も狂ってしまったかもしれない。帰り道に事故のニュースを聞いたら「あの時助けていればよかった」って、もやもやしていたかもね。俺たち、ちょっとだけ「ヒーロー」っすね――。
県警によると、保護されたのは横浜市保土ケ谷区に住む男性(89)で認知症の症状があったという。警察から連絡を受けた男性の息子夫婦は「本当にありがとうございました」と何度もお礼を言っていたという。
2人には県警から感謝状が贈られた。田代さんは高校時代にも道ばたで座り込む高齢女性を助けたことがあった。「困っている人は放っておけない性格。勝手に体が動いた」。平間さんの父は警察官。「『困っている人がいたら助けなさい』と幼い頃から教わっていた。誰もけがせず助けられ、本当に良かった」と話した。(林知聡)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル