ガサッ。
関西地方にある古びた木造アパートのドアノブに、ポリ袋が引っかけられた音が聞こえる。
お母さんが週に一度、帰ってきた合図だ。
周りの大人に聞くと、仕事以外の時間は男性の家にいるらしい。
袋の中にはわずかな食料。食べ盛りの子ども3人にとって、おなかがいっぱいになる量じゃない。
だから、小学3年の長女は小学1年の弟と一緒に、部屋に落ちている小銭を何度も探し集めた。
15円を握りしめて、近くのパン屋さんへ。パンの耳を買い、4歳の妹と3人で分け合った。
薄暗い6畳2間には、似つかわしくないほど立派な仏壇があった。
本当におなかがすいた時、引き出しにあるお布施用の現金にも手を付けた。お母さんに気付かれると、ひどく叱られた。
少し前に離婚したお父さんにお金をもらいに行ったり、公園でベンチに座るおっちゃんたちの話し相手になって、飲み物を買ってもらったりもした。
こんなにひもじいのに、お母さんはなんで帰ってこないんだろう。
国語の授業で書いた詩を、お母さんが褒めてくれた時は、うれしかったな。
字なら気持ちが伝わるかも。
学習帳をちぎった切れ端をたたんで、手紙を書いた。
『なんでお母さんは私らを置いていっても平気なの?』
『(宗教の)教えとはちがうことをしているんじゃないの?』
20通以上、お母さんが必ず確認する仏壇の引き出しに入れた。
手紙は毎回なくなっていた。でも、返事は一度もなかった。
そんな暮らしが1年近く続いたあるとき、妹が「パンの耳、あきた」と泣き出した。
たたかれたドア、その先にいた人は
パン屋に並ぶ色とりどりのジ…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル