京都府で4日、新たに277人が新型コロナウイルスに感染したことが確認された。1日あたりの感染者数としては、7月31日の199人を大幅に上回り、過去最多を更新した。 内訳は、京都府の発表分が90人、京都市分が187人。府内の感染者数は、再陽性を含めて延べ1万9097人となった。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
キスしている?七転び八起き「ハートの石」、恋の聖地に
笠原雅俊2021年8月4日 14時00分 この夏、高知県を流れる清流・四万十川に「恋の石」が三つ現れた。倒れても倒れても七転び八起きのごとく起き上がる石として有名になったハート形の石。新たに二つが加わって三つが寄り添い、まるで家族のようだ。コロナ禍の一日も早い終息への願いが込められている。 元祖「恋の石」は、四万十川に架かる半家(はげ)沈下橋(四万十市西土佐半家)のたもとに立つ、高さ45センチ、幅40センチ、重さ約15キロの大きな石だ。愛媛県松野町のフィールドガイド・滝本英敏さん(55)が4年前の夏、川底で見つけたハート形の石を「四万十川の象徴になる」と、河原に立てた。 以来、台風や洪水で石が倒れる度に立て直した。「恋の石」として、全国的に知られるようになり、県内外からカップルや女性客が訪れる新しい「恋の聖地」となった。 3日朝、「恋の石」の横に大小二つのハート形の石が並んでいた。真夏の太陽に三つのハートが映える。 滝本さんに聞いてみると、今月1日、滝本さんが所属するアウトドアツアーを企画する「フォレストキャニオン」(松野町)のガイド仲間が立てたという。河原にある無数の石の中からハートの形をした2個の石を見つけて並べた。「恋の石」にそっとキスをするような大きな石と子供のような小さな石。笑顔の3人家族をイメージしたという。 滝本さんは「お客さんの健康と安全、そしてコロナ禍が一日も早く終息して四万十川に観光客が戻ってくるように願いを込めたそうです」と話している。(笠原雅俊) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
小学生の自由研究発、あえてプラ製ストローに込めた思い
江戸時代から続く麦味噌(みそ)の老舗「光浦醸造」(山口県防府市)が、繰り返し洗って使えるシート状のストローを開発した。竹や木材、金属フィルムなどさまざまな素材を試し、最終的に選んだのはプラスチック。環境問題への配慮から「脱プラ」の動きが広がる中、どうして? そこには親子が込めた思いがあった。 きっかけは2年前。8代目社長光浦健太郎さん(43)の長女更紗(さらさ)さん(10)が取り組んだ夏休みの自由研究だった。当時小学3年生。海のごみ問題について本を読んだ更紗さんは、ストローが昔は麦わらで作られていた歴史や、使い捨ての問題点を調べ、光浦さんとともに環境にやさしいストローを作ることにした。 植物の葉やライスペーパー、マカロニ。更紗さんは、光浦さんが「うまくいかないだろう」と考えた素材にも取り組んだ。そして「もしストローが金(ゴールド)でできていたら」と考えて、発表文にこうつづった。「もったいなくて、すてられない!すてられたら、すぐにひろわれる」。その発想に光浦さんは「ものに思い入れがあれば人は大切にするんだ」と気付かされた。 研究では「(素材が)自然に… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:823文字/全文:1308文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ホラーとしか思えない「性交同意年齢13歳」
緊急事態宣言下の五輪も、残すところ5日になった。今日は、夏季五輪史上最年少で日本代表に選ばれた開心那(ひらきここな)さんがスケートボード・パークに出場する。2008年生まれの12歳は、SNSにアップされた動画を教科書代わりに練習してきたという。 そう。この世代にとって、SNSは嗜好(しこう)品ではなくインフラなのだ。だから未成年の子どもを持つ親としては、少し前に見たチェコのドキュメンタリー映画「SNS―少女たちの10日間―」があらわにした現実は「ホラー映画」にしか思えなかった。 3人の「12歳」の少女がSNSのアカウントを開設すると10日間で計2458人の成人男性が食いついてきた。彼らはビデオチャットでいきなり自慰を始め、「写真を交換しよう」と勃起した性器の写真を送りつける。少女たちが求めに応じて偽の裸の写真を送ると「ネット上でばらまくぞ」と脅し、さらに写真を送るよう求める。 3人は幼く見える成人女性だ… この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。 残り:1195文字/全文:1620文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
知床のヒグマ、観光とどう共存 見物客近づき「人慣れ」
数字は語る 世界自然遺産に7月26日、国際的にも希少な固有種が多い「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(鹿児島、沖縄)が登録されることが決まった。国内では1993年登録の屋久島(鹿児島)と白神山地(青森、秋田)、2005年の知床(北海道)、11年の小笠原諸島(東京)を含めて5件。「奄美・沖縄」は国内最西端になる。最南端は「小笠原」だ。 最北端の「知床」。その登録を後押ししたのが、1977年から、今も名称を変えて続く「しれとこ100平方メートル運動」だ。知床の開拓跡地を乱開発から守るため、地元の斜里町が寄付を募った。97年までに約5万人から5億円以上が集まり、対象跡地の95%を取得。森づくりは今も続く。 この地域にあるフレペの滝遊歩道周辺では、知床の自然保護や管理を担う知床財団が2014年から植生調査を実施。19年までに標本167点を採取し、以前の標本を含めて142種をリストに記録した。近年は1990年代のエゾシカの増加による食害で壊滅した植物の開花が確認されたという。調査担当の片山綾さん(40)は財団職員で唯一の地元出身。「知床は私たちの誇りです」と話す。 知床ではヒグマと共存する観光へ模索が続く。知床五湖では10年、ヒグマ出没時も安全に歩ける高架木道が完成。11年からは地上遊歩道の利用者にヒグマ対策の講習受講を義務づける期間を設け、5月中旬~7月末のヒグマ活動期はガイドツアー限定とした。 ■年35頭駆除、一方で「クマ… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:326文字/全文:953文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
漫才師から実力派若手俳優へ 前田旺志郎を導いたものは
子役、漫才師として脚光を浴びた若き才能は今、実力派若手俳優・前田旺志郎(おうしろう、20)としてさらなる輝きを放っている。映画「キネマの神様」(6日公開予定)で山田洋次監督作品に初出演を果たす彼に、コロナ禍で苦境に立つ映画への思いや、「まえだまえだ」時代に感じていたこと、役者の道を歩むきっかけになった作品との出会いについて聞いた。 ――「キネマの神様」への出演が決まったときはどんな気持ちでしたか? 「やったー!」ですね(笑)。本当にうれしくて。山田洋次監督の作品にこの年齢で僕が出られるというのも、本当にまさかのことでしたし、キャストの皆さんも素敵な俳優さんばかりで、その中で自分が出演させていただけるというのは、本当にありがたいなぁと思いました。 〈キネマの神様〉ギャンブル好きで借金まみれのゴウ(沢田研二)は、妻の淑子(宮本信子)と娘の歩(寺島しのぶ)からも見放されたダメおやじ。だが、若き日のゴウ(菅田将暉)は映画の撮影所で助監督として働き、監督になる夢を追っていた。あれから約50年。ゴウの孫の勇太(前田旺志郎)が手に取ったのは、幻となったゴウの初監督作品「キネマの神様」の脚本だった……。 ――前田さんは沢田研二さん演じる主人公のゴウの孫・勇太を演じています。台本を読んで、勇太にどんな印象を持ちましたか? 僕が一番最初に思っていたのは、どちらかと言うと「普通の青年」という感じの印象だったのですが、実際に本読みをしてみて、山田監督からお話を聞く中で、どんどんキャラクターが変わっていきました。 僕は「大学生ぐらいの年代の普通の男の子」だと思っていたのですが、(山田監督のイメージでは)どちらかと言うと暗めで、家にいることが多くて、という感じでした。キャラ設定は、実際に山田監督と話してだいぶ変わったところですね。 ――山田監督からのディレクションはどういうものでしたか? 監督は一つひとつのセリフの言い方、イントネーション、リズムなど、「音」にすごくこだわる方でした。僕は今回、山田監督作品に出演するのが初めてだったので、一つひとつ丁寧に「違う。そういう言い方じゃない。こうだ」というふうに、音で教えてくださるような感じでしたね。 ――山田監督のイメージに合わせていくのは大変でしたか? そうですね。山田監督は常に常に更新されていく方で、「追いついた」と思ったら「また先に行っている」ということの繰り返しだったので、そこはすごく大変でした。 ――山田監督の現場の雰囲気はいかがでしたか? なかなか経験できないような、すごく緊張感がある現場でした。撮り方自体も、何度も何度もテストを繰り返して、本番は1回で撮るという撮り方をされていました。 テストの回数はシーンにもよりますが、5回のときもあれば、10回ぐらいやるときもありました。監督の中で全部が「よし、定まった」とならない限り本番に行かないので、テストの度にいろいろと微調整が入りました。 そういう現場に参加したのは今回が初めてだったので、新しくて特殊な体験でした。 ――沢田さんが演じるゴウと2人のシーンが多いですが、沢田さんの印象はどうでしたか? 「すごく包容力がある方だな」と思いました。おじいちゃんと孫という関係性もあったと思うのですが、お芝居の中で「なんでも来いよ」という感じのオーラといいますか、優しさを感じましたね。 ――今回の映画は、ダブル主演を務める予定だった志村けんさんが亡くなったり、コロナ禍による撮影中断や公開延期に見舞われたりと、数々の困難に直面してきました。そうした作品に参加したことで、どんなことを感じましたか? 改めて新型コロナウイルスの恐ろしさを実感しました。人から話を聞いたりニュースで見たりすることはありましたが、実際に自分が関わった映画のキャストさんが亡くなられたり、映画自体も公開延期になったりというのは、なかなかつらいことでした。ウイルスというのは、どうしようもないと言えばどうしようもないものなので、そのもどかしさは肌で体感しました。 ――「キネマの神様」が描いているのは、映画が大好きで、映画作りに全てをかける人たちの姿です。そして、困難な状況下でも「映画のともしびを消してはいけない」というメッセージが作品には込められていますね。 今のご時世では、映画館、特にミニシアターは厳しい状況だと思います。それでも、やっぱり「映画を好きな人はたくさんいる」ということも、この映画を通してすごく感じました。俳優として、これからも映画を通して色んなことを伝えていきたいなと思います。 ――前田さんにとって映画はどんな存在ですか? こうやって自分も映画に携わらせてもらっていることが本当にありがたいですし、映画を見ることでいろんなことを教えてもらって、感情を動かされているように、自分も何かを与えられる役者になっていきたいなと思います。これからもたくさんの映画を見て、映画に出て、長い付き合いをしていきたいです。 ――前田さんの「映画との出会い」はどんなものでしたか? 僕は小学生のとき、毎週末に… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
メダリストから「サプライズ」選手支えた鎌倉の皆さんへ
4日にレース最終日を迎える東京オリンピック(五輪)のセーリング競技会場に近い神奈川県鎌倉市の住民たちは、ホームステイなどを通じて海外選手と3年以上交流してきた。コロナ禍で今大会中は直接会えなかったが、選手たちを手作り応援動画で励まし続けた。すると、メダルを獲得した選手から思わぬ「恩返し」があった。 手作り動画で「頑張れ!」 「カーラさん、元気で頑張って。応援してます! ツェンピア(フィンランド語で頑張れ)、カーラ!」 同市七里ガ浜の野上京子さん(79)は、フィンランドのカールレ(カーラ)・タペル選手(25)へのメッセージでこう呼びかけた。 東京五輪のセーリングは、江の島や鎌倉などの沖合で開催され、7月25日から11日間にわたってレースが続いた。海域の風向きや波への慣れが勝敗を左右するため、海外選手たちは数年前から何度も来日し、1カ月ほどの練習を重ねてきた。タペル選手は2017~19年に野上さん宅にホームステイした。 タペル選手はしょうゆをかけたご飯が大好物で、食事の締めに毎回食べていたという。野上さんは英語が全く話せないが、身ぶり手ぶりを交えながら息子のように接した。「会場で応援はできないけど、いつも幸せを祈っているよという思いを動画に込めました」 応援動画を企画したのは、地元でインバウンドを活用した地域振興に取り組む河辺匡太さん(51)だ。16年秋に海外のセーリング選手を泊めたのがきっかけで、地元住民に声をかけて選手との交流を始めた。これまで30を超える家族が50人以上を受け入れてきた。 「歓迎されているのか」外国選手の不安 今年3月に動画企画を思いつ… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:728文字/全文:1425文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
満蒙開拓は悲劇か侵略加担か 直視する「不都合な歴史」
76回目の「終戦の日」を前に、満蒙開拓に特化した国内初の記念館(長野県阿智村)と旧日本陸軍の毒ガス工場の遺構(広島・大久野島)を訪ねた。戦争による被害とともに、加害の側面も含めた「負の遺産」にあえて目を向け、後世に生かそうとするのはなぜか。共通する思いを探った。 27万人の開拓団、8万人が犠牲に 「拓(ひら)け満蒙! 行け満洲(まんしゅう)へ!」。国策による呼びかけに応え、海を渡った人たちがいた。中国東北部にあった日本の傀儡(かいらい)国家、旧満州国(1932~45年)への農業移民として送り出された「満蒙開拓団」だ。その数は約27万人に上る。 だが、旧ソ連の侵攻と日本の敗戦でその運命は暗転する。過酷な逃避行の中で約8万人が犠牲になり、多くの残留日本人も生じた。 都道府県別で最多の約3万3千人を送り出した長野県では2013年、満蒙開拓の展示に特化した記念館としては国内初の「満蒙開拓平和記念館」が阿智村に開館した。地元の飯田日中友好協会が母体となりつくられた同名の一般社団法人が、入館料や寄付金を主な財源として運営する。 同館では満蒙開拓の歴史や現地での生活、逃避行や残留孤児問題などを図表や写真、遺品で紹介し、集団自決など悲惨な経験をした元団員の証言に文章や動画でふれられる。 元団員の講演も月2回ある。6月中旬に語り部をした前沢節子さん(86)は逃避行中に祖母と母、弟を失った。取材に「当時は感情を失っていた。関東軍に捨てられた恨みはある」と語った。 同館は用地探しや費用の工面が難航し、構想から開館まで8年を要した。その理由を寺沢秀文館長(67)は「満蒙開拓は地元にとって『不都合な歴史』だからです」と明かす。 開拓団が送り出された当時… この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。 残り:1235文字/全文:1970文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「そこまで?」南極でも、南極だからこそのプロ意識
2020年1月末、前の60次越冬隊と61次夏隊が帰途へ就く日が迫る。約半世紀の歴史ある気象棟が消えた後、急ピッチで進むのは放球デッキの建設、気球で気象観測機を上げる場所だ。1日2回、ブリザードでも休まない。暴風で観測機が地面にたたきつけられそうな時は、思い切りダッシュして気球を空に放つ。滑らないよう、組み立てた鉄骨の上に木の板を張っていく。 南極に来てから「建材が足りない」では困るし、作業する隊員の多くは素人だ。まず国内で仮組みして確認し、ばらしてもって来る。記号や番号をつけた板を設計図通りに並べて、組み立てればいい。 とはいえプロの指揮は必須だ。ミサワホームグループ出身の鈴木聡さんは、壁際になる板を切って調整してはめていく。「何を手伝えば?」と聞くと、「切り口をきれいに」と紙やすりを渡された。ささくれを落として「どう?」と聞くと、「まだ」。黙々と作業を続けても「もういい」の声はかからないどころか「裏側もやって」と言われる。内心、「こき使うなぁ」と思っていた。 8月20日 南極記者サロン 動物たちはどうやって泳ぎ、獲物をとるか―。そのユニークな行動を、オンラインイベント「南極の動物たち、その驚くべき力!」で研究者が南極記者とご案内します。クイズもいろいろ、夏休みのお子さんとご一緒にお楽しみ下さい。20日(金)午後2時から、参加無料。お申し込みはサイト(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11005217)またはQRコードから。 「あんな所までやるんだ」と… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:938文字/全文:1392文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
絶滅危惧の白い花 ヒナノシャクジョウ、大阪で見つかる
小川智2021年8月4日 12時00分 森林伐採などで絶滅が危惧され、地域によっては絶滅危惧種に指定されていることもある菌従属栄養植物のヒナノシャクジョウが、大阪府河内長野市の山中で見つかった。動植物が好きで、よく同市内を散策する同市在住の熱川英明さん(71)が見つけた。 緑の葉を持たず、自分では光合成をせずに土中の菌から栄養を得て生きている。土中からわずか約3センチの茎をのぞかせ、白い花も8ミリと小さい。その姿が僧の持つ鉄の輪のついた杖「錫杖(しゃくじょう)」に見立て、全体的に小さいことから「雛(ひな)の錫杖」という和名がついている。 ヒナノシャクジョウは花の時期以外には見つからないこともあり、確認例が少なく、大阪府下での実態は十分にわかっていない。 写真からヒナノシャクジョウと確認した大阪市立自然史博物館学芸員の佐久間大輔さん(53)は「菌従属栄養植物は、土壌中の菌類を含めて生態系の豊かな場所でしか生きられない。河内長野の森の豊かさを示す貴重な発見」と話している。(小川智) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル